第拾五話 死角

「裏柳生公儀始末人……」


「おぬしらが符丁ふちょうでいうところの影――公儀隠密こうぎおんみつよ」


「おまえが父を殺したのか?!」


「先におれの命を狙ったのは、おまえの父親の方だ。わずかばかりのカネに釣られ無駄に命を捨てた愚か者よ」


「貴様!」


 一馬が鯉口こいくちを切った。


「ほう。抜くか。父親のあとを追いたいか?」


 一馬はついに大刀を抜いて白刃を閃かせた。

 日下乱蔵と名乗った影もすらりと抜いて八双に構える。

 八双は陰の構えだ。相手の初太刀に応じて後の先を仕掛ける。

 一馬は日下の右に体を移す。

 隻眼の死角を突く構えだ。


「フッ……おまえの父親もそうやっておれの右に回り込んだがな」


 残った左目をぎらつかせて日下がいった。


「あいにく影と気配で動きは読める」


「……………」


 父・徹山は一馬と違って大刀を身に帯びてはいない。出かけるときも常に鎧通し一本のみを腰帯に差してゆく。


 ――刀の大小は我が空心流に限っていえば問題ではない。


 父は常々一馬に語っていた。

 その父が敗れた。

 日下を刺影にいったときなにがあったのか?


 一馬は徹山から伝授された縮地ノ術を遣うことにした。

 そういえば父が出かけた夜は雨が降っていた。

 ぬかるみに足をとられ縮地を満足にこなせなかったのではないか?

 いまなら大丈夫だ。

 足元の地面は固い。


 一馬は半身に構え前傾姿勢をとった。

 前方に倒れる勢いで前足の膝を抜く。

 それとともに後足で前足の踵を打ちつけ加速をつけた。


 一馬の速影が飛んだ。

 一瞬にして間合いを詰めた。

 日下の死角に向かって一馬は渾身の突きを繰り出すのであった。




   第拾六話につづく

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