第7話

 店に出勤し、右手首を骨折したことを店長に伝えると、出勤する前に連絡してよ、と言われた。

 すみません、と頭を下げる。スナック菓子をかじりながら、店長は包帯の巻かれたハイルの手首を見て顔をしかめる。ハイルは、いつもとは違う部屋を担当させられた。客とアクリル板で隔てられているブースだ。隣り合った別のブースには、数々の美しいアンドロイドたちがいる。

 ハイルの前にはなかなか客が来ず、ハイルは下着姿で、ずっとクッションの上にただ座っていた。

 両親は、気にしなくていいと言ってくれたけれど、治療費という無駄なお金を使わせてしまった。注意していれば使わなくてよかったはずのお金を使うのは無駄遣いだ。しかも、こうして座っているだけでは、お金は入ってこない。とことん申し訳ない気持ちになる。

以前、兄が全身に大怪我をしたことがあったが、それは仕事の上のことだから仕方なかったが。注文を受け、熊と戦いに行ったらしい。スリルを求める注文者と、記憶カタログを見てくれたそのほか大勢の人に記憶は売れたらしいが、治療費はどこからも出ないから、その分報酬が減ってしまった。

 あの日、デモ隊の後方に、デモに反対する人が衝突し、玉突きのようになって、ハイルは突き飛ばされてしまった。手をつくのではなく、上手く転べばよかった。

 展示ブースに入ったその日は、とうとう一人も客がつかなかった。ハイルは久しぶりに落ち込み、更衣室の椅子に座って、下着姿のままぼーっとしてしまった。帰る気になれない。

 くよくよしたって仕方ないと、わかってはいるのだけれど。怪我をしたままいつも通りに仕事をしたら、もっと痛い目に遭ったかもしれないし、担当を変えてくれたのは、店長が優しいからだし、怪我はすぐ治るだろうし、自分は恵まれている。

 でも、この気持ちはどうしようもない。なにをこんなに落ち込んでいるのだろう。自分に何度も訊いてみると、意外な答えが返ってきた。

 ハイルは、アンドロイドたちに負けた気がしたのだ。自分は、顔もスタイルも、特別美しくない。でもなぜか、客がついてくれている。それは、直接人間の女性と触れ合いたいと思う人がいるからだ。しかし、鑑賞の対象としては、自分は価値がないのだ。そのことに、今日気づいた。

 そんなことは、わかっているつもりだった。でも、本当はわかっていなかったのだ。それがわかった。

「どうしたの?」

 声をかけてきたのは、アオだった。衣装に区別がないので、更衣室は、人間とアンドロイドの共用だ。

「ああ、アオ」

 入ってきたことにも気づかなかった。

「具合悪いの?」

 ラメの縁取りがされた目で、アオはハイルの顔をのぞき込む。

「ううん。なんでもない」

 そう言った途端に、涙があふれ出た。

「どうしたの? 店長呼ぶ?」

「ううん、呼ばないで」

「なにかあった?」

「ねえアオ、わたしって、綺麗じゃないよね」

「え? ハイルは綺麗だよ」

 アオは断言した。

「どこが綺麗なの? なんでそう思うの?」

 ハイルはしゃくり上げながら尋ねる。

「わたしには綺麗に見えるよ」

 アオは、自分を喜ばせようとして、そう言ってくれているのだろう。しかし、その口調は本気でそう思っているとしか思えないものだった。

「……ごめんね。馬鹿なこと訊いて」

「馬鹿なことだろうがなんだろうが、なんでも訊いて。なんでも答えるから」

「そう。ありがとう」

 馬鹿馬鹿しさに濡れた顔をハイルはぬぐった。


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