語り手ボイコット

長月瓦礫

語り手ボイコット


ある日、少女は夢を見た。

大勢の前でピアノを弾いて、喝采を浴びる青年の姿を見た。

それは遥か遠い未来、出会うかもしれない誰かのこと。


何百年先の未来を何度も夢で見ていた。

年を取った自分もそこにいて、幸せな人生を送っていた。


ピアノの音が止むと、今度は声が聞こえた。

男でも女でも子どもでも大人でも機械でも生き物でもない誰かの声だ。


オマエは選ばれた。

何に?


オマエは生まれた。

何から?


オマエは世界を見て旅をし、全てを知るために、存在する。

それは語る。それ以外のことは必要ないと、語るのだ。


少女は夢から逃げるように起き上がった。

小さな心臓をバクバク鳴らし体を縮こませ、「ああ、またこれか」と呟いた。


それは、姿の見えない神からのお告げだ。

少女は神の使いに選ばれた。

予知夢と呼ばれるそれが神の使いである証であった。


神の使いであることを告げられた者は城へ連れて行かれ、預言者となる。

この国の未来を政治家たちに伝え、自分の手先として彼らに動いてもらう。

城の奥深くに閉じ込められ、この国のために尽くす。死というものはない。

この国が滅びるまで、尽くすことになる。


人々はそれを栄誉あることだと思っていたし、少女以外は誰も信じて疑わなかった。


このことは神官たちに知られ、その日のうちに少女の家に押し掛けた。

その日は雨が降っていた。

鈍色の雲が少女を追いかけるように、雨は降り始めた。


未来の世界にいた青年のように、誰かを笑顔にできる存在になりたかった。

未来を予知して誰かに伝えたところで、何が変わるというのだろう。


だから、少女は拒んだ。

大人たちは少女を無理にでも連れて行こうとしたけれど、それは叶わなかった。


雨は強さを増し、少女の家に雷を落とした。怒りの鉄槌だ。

決定を拒んだ彼女に罰を与えた。

家は焼け落ちて、見るも無残な姿になった。


家族は少女を説得しようとしたが、もう遅かった。

突如やって来た嵐に紛れ、少女は行方をくらまし、どこかへ消えた。

大人たちが必死で探し回ったが、ついに見つからなかった。


その後のこと? そうですか。


「……」


語ることなんてないですし。

褒めても期待しても何も出てきませんよ。


じゃあ、私、いりませんよね?

帰っていいですか? 


はい、どうもありがとうございました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

語り手ボイコット 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ