0日目 死神の制度
0日目 Ⅰ
拝啓、クソ上司へ。
死神業務も慣れたもので四回目になりまして、ちょっとばかり要領が分かってきた今日この頃です。
四回目の仕事のお姉さんは、結構変わり者で私がいきなり枕元に立ったのにさっぱり驚きませんでした。ベッドで寝たまま、ぼーっと私を眺めてて、なんならちょっと微笑んできた。
あんまりに能天気で、なんか反対にこっちが吃驚したくらい、おはよって言ったらおはよって返してくれたし。大体いっつも無視されたり、驚かれたりばかりだから、ちょっと新鮮な反応だった。ま、夢って誤解してただけらしーですが。
あっはっは、なんじゃそりゃ。と、軽く笑ったところで自己紹介。
「私、ゆな。新人の死神です。これから死ぬ人の一週間前から現れて、それを見届けるのがお仕事です」
意気揚々と快活に、既に飽きてきた四度目の自己紹介をする。
今回のお仕事相手は、20代半ばくらいかな、のお姉さん。痛んだショートヘアと痛々しく刻まれた隈が印象的な、そんな全体的に見ていて痛い女の人。痛いって言うのは可哀そうって言う意味でだけど、まあ気軽にそう表現してあげるのは気が引けるくらい、わかりやすくダメージを受けたそんな人。
まあ、こういっちゃあ何だけど死んじゃうのもさもありなん、って感じの人だ。さすがに口に出したりはしないけどさ、これでも空気が読める女子高校生世代なのだよ。
とまあ、そんな本心にはそっと鍵を掛けながら、久方ぶりに頂いた暖かい紅茶とフレンチトーストに満足でお腹を膨らませた。うん、本当にこんなに心も身体も満たされたのはいつぶりだろうかな。
それからぷらぷらと足を遊ばせながらお姉さんを見やる。
「へ……?」
お、ようやく反応してくれるかな。
ここから先の反応はおおよそ予想できる。それは、この仕事をするときに上司が最初に教えてくれたことだ。
まず最初に疑う、否定する。
自分が死ぬことをそのものを認められない、受け入れられない。事実を否定して、言葉を聞かなくて、私の存在事認めようとしてこない。まあ、そりゃそうだよねーって感じだけど。私だって一週間後に死ぬよとか言われたら、きっとそんな感じになるのだろう。
というわけで、まあおおよその予想では、まずこのお姉さんは、私のことが認められないはずだ。
ま、変な女子が唐突に部屋に上がり込んで来たらそりゃあ、そうなのだけど。普通は警察ものだし、結局最後まで信じてもらえなかったこともあったっけ。
告げた後、軽く目を閉じた。
殴られないといいなあ、怒鳴られないといいなあ。
二回目の時は酷かったんだよなあ、大人の男の人だったから余計怖くてさ、結局、私はあのあとその人に近づけなくて上司にも怒られちゃったし。
カチャリとフォークを置く音がした。
反射的に目を伏せるように顔を隠した。とりあえず、フォークで刺されたりはないかな、でも一応身体に力は入れておく。
走り出す準備も逃げる準備もやっておく。まあ、一回目は特に何もなかったし、三回目は怒鳴られるだけで済んだから、今回もそれくらいですむのかも。
じっと、耐える。身を固めて、心を硬くして、耐える。
大丈夫、最初の波さえ通り過ぎれば意外と話は聞いてもらえるものだ。
だから、耐える。
じっと、耐える。
‥‥耐える?
こっそりと片目だけ覗くように目を開けた。
お姉さんはフォークを置いたまま、ぼんやりとしたように、ほとんどカフェオレみたいになったコーヒーをすすっていた。
おろ? と思わず首を傾げてしまう。うーん、よくよく考えれば、穏やかなお姉さんの相手って初めてだな。もしかして、突然死を宣告されても、普通、人は殴ったり怒鳴ったりしないのだろうか。もしかして、今までの私の運が異様に悪かっただけなのかあ?
なんて私が首を傾げていると、お姉さんは再びフォークを取って、もそもそとフレンチトーストを食べ始めた。
そのまま、しばし沈黙が流れてる。
私は食べ終えて、飲み終えてしまったので若干、手持ち無沙汰できょろきょろしてしまう。
非日常を提示した手前、反応が欲しいのがうら若い死神心というものなんだけど、お姉さんは一向に反応してくれない。あれ、ちゃんと聞こえてたよね? なんだかそれすら不安になってくる。
そのまま、しばらく沈黙が続く。
冷蔵庫が動く音がやけに耳についてくる。
もしかして、私何かやらかしたかな、いややらかしている要素しかないかと自己反省を繰り返していたそんなころ。
「ねえ……」
お姉さんは、すごくゆっくりと落ち着いた神様の神託でも下すくらい、神妙な声で私に問いかけてきた。
視線も厳かなくらい穏やかにこっちを見据えてくる。痛みに染みた隈の奥から、真っすぐな瞳がじっくりと私を見定めていた。
思わず、ごくりと唾が鳴る。
「……なに? お姉さん」
じっと、私は言葉を待つ。
次に何が語られてくるのか、次に何を求められるのか、じっとその言葉の続きを待つ。
「………………」
「………………」
「それ……マジ?」
「うん……マジ」
お姉さんはゆっくりとコーヒーを口に含んだら、ゆっくりと思いっきりむせ始めた。
コーヒーの雫が食卓の上に、少しはねて、お姉さんの顔も若干コーヒーでベージュに汚れている。
私は、しばしその様を見て、腕を組んで考えて。
一つ、ぽんと手を合わせてようやく納得がいった。
「………………マジかあ」
ただ、このお姉さんの理解が遅かっただけだね、これ。
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