第10話:第一章 6 |『低燃費少女』①

 裏門を無事に突破し、距離にして残り30メートルを切った。

 遂にここまで来た。もう目と鼻の先に学園の西門が見えている。


 進路に敵の影も無い。これなら──



「───伏せろ!!」



 先を進んでいたレンがそう言いながら振り向いた。

 そのままマコトの肩を掴んで地面に落とす。


 必然、マコトを運んでいた僕とケイナもられて地面に突っ伏した。

 レンはそのまま右へとよろけ、自分も地面に倒れ込む。


 そんな僕らの頭上を、見覚えのあるまばゆ仄白ほのじろい何かが通過していった。

 僕の部屋に投げ込まれた、エネルギーの塊のような何かだ。



「……また外れたじゃんかクソが。二発もさぁ…どんだけ切りつめて貯めたと思ってんの? 素直に当たって吹き飛べばいいのにさぁ」



 その声に振り返ると、見覚えのある少女が立っていた。

 バスケ部のマネージャーで、名前は確か……



「……こんばんは、活洲イケス ユイさん。ハニ君の家からここまでだいぶ距離があるのによく追いついたね。


「……こん  ばんは理事長先生。私はあんたのこと全然知らないけど、あんたは私のこと詳しいのかしら?」


可愛  い生徒の事だからね、もちろん知ってるさ。……2人ともいいかい、彼女の願能は簡単に言えば『節約せつやく』だ。代謝や運動量を抑えて日常生活を送る事ができる。そして抑えて溜め込んだエネルギーを、必要な時に自らの身体からだ還元かんげんしたり、放出できる。さっき飛ばしたのはソレだよ」



 そうだ、『活洲イケス ユイ』だ。

 ケイナの言う通り普段は病弱な風で、体育の授業はいつも見学しているイメージがある。

 確か保健室登校をしていた時期もあった。

 なのに放課後、部活のマネージャー業務は欠かさずに行く事で反感を買っていた生徒だ。


 彼女が僕の部屋にあのよく分からないエネルギーを投げ込んだのか。

 そしてその普段から溜め込んだエネルギーをフルに使って、僕の部屋からここまで、本来有り得ない速度で追って来たと。


 横目で西門を見やる。距離にして残り20メートル。

 意識不明のマコトを抱えたまま走り抜けたとして、無事辿り着けるか? 微妙に怪しい距離だ。


 レンも僕と同じ考えらしく、よろけてから立ち上がらずに、そのまま地面に手を触れている。

 活洲に向かって願能を行使しようとしてるのだろうか。

 遠距離から一方的に攻撃される前に悟られずに温度を変えようとしているのか。



「いきなりネタバレって酷いなぁ…。あからさまな依怙贔屓えこひいきは情操教育に良くないよ? 私にも来次キスキの事を教えるべきでは?」

へー  、ハニ君の何が知りたいのかな。趣味? スリーサイズ? 座右の銘? 好きな丸々シリーズいっとく? 朝まで語れるよ? ファミレス行くかい? 先生がご馳走してあげようじゃないか」

うっ  わキモチワル。無理……」



 僕も少し、いやだいぶ思うがリアルな反応はやめてあげてほしい。

 マジでこの人状況分かってるのか?

 いくら見た目が可愛くても流石にそろそろ引きますよ。



「── いや私は本気で言ってるんだよ? 今ならまだファミレスで朝まで説教するだけで許してやるから、ハニ君にちょっかい出すのやめなさいって言っているのさ。可愛い生徒を傷物にしたくはないんだ。……君も女の子だろう?」



 ケイナのヒリついた声音にその場の全員が固唾を飲んだ。

 依然、彼女に戦う力は無い筈なのに威圧けおされてしまう。

 教育者として、叶うなら生徒を傷付けたくは無いという事か。


 ……いやそれ普通に言えばよくない?



「もう一度言うよ? 

へぇ  …。私が来次の事で聞きたいことがなんなのか分かってる癖に、無理矢理お茶を濁した挙げ句、手を引けって言うの? 何これ、私もしかして脅されてるってワケ?」

可愛  い生徒を脅すわけがないだろう。交渉だよ。君がどんな組織に属しているのか知らないが、裏切った後の報復が怖いと言うのなら、



 言葉通り、ケイナは本気で言っているのだろう。

 その声音は先ほどまでのヒリついたものから一変し、今は優しく、そして強いものとなっていた。


 交渉が上手くいく可能性を考えてか、レンはまだ願能を使わずにいる。

 活洲の返事を待っているようだ。



「……本当に? 本当に許してくれる? それで私を守ってくれるんだ?」

約束  する。だからもうやめるんだ」



 もう一度、はっきりと力強くケイナは言う。

 それを受けて、活洲はゆっくりと顔の高さまで両手を挙げた。



「良い人なんだね理事長先生。分かるよ、本心で言ってくれてるって」



 きっと三人とも願っていた。

 そのまま、そのまま頭の後ろで腕を組んでくれ。



「……でもできない」



 活洲はそう言うと、掌から仄白く光る弾を出し、そのまま僕達に投げつけようと、腕を大きく振りかぶった──が、



「───ア"ァッッっっツィ!! はあ"ぁ"!?」



 光弾が僕達に向かって投擲される事はなかった。

 活洲はその場にうずくまり、光弾を投げ込もうとしていた右手を抑えて震えている。


 急にどうしたんだ? いや、まさかこれは。




「──1500℃・・・




 勘違いしていた。レンは既に願能を行使していたようだ。

 活洲の右手は酷く火傷し、赤々と腫れ上がっている。



「理事長の言う事を聞いておけば火傷せずに済んだんだ。激しい動きをすればぶつかる間合いの空気だけを高温に、お前のすぐ近くの空気は、ずっと常温に調節してたのに」

くそ  ! くっそぉ! なんなのもう! 明松カガリいィィィ!!」



 活洲はうずくまりながらレンを睨みつけている。

 そんな彼女を見て、ケイナは悲しげな表情で小さく「残念だよ」と呟いた。


 レンの言う通り高温の空気で周りを囲まれているというのなら、彼女はもう動けない筈だ。

 今のうちに移動を再開しようと、ケイナと一緒にマコトを担ぎ直す。


 その背後から。



「けど、けど! 



 振り向くと、活洲は火傷した右手を僕達に見せつけてきた。

 何事かと警戒していると、


 ……まさか、溜め込んだエネルギーを身体に還元するというのは、治癒力にも回せるという事なのか。



「めちゃくちゃ熱いし死ぬかと思ったけど、それだけ! それだけよ! 私は止められない! さっきは知らなかったから驚いただけだ、



 活洲はそう言うと、再びその掌に光弾を作り出した。

 もう一度僕達に光弾を投げつけようというのか。



「──2人とも先に行け! マコトを起こすんだ!!」



 そう言ってレンは僕達を後方に突き飛ばした。

 ケイナはまだ何か活洲に言いたそうな風だったが、僕が動き出した事で攣られて行ってしまう。



「ごめん、先に行く!!」



 最初から予定していた事だ。

 戦えるのがレンだけな以上、もし襲われれば頼らざるをえないと。


 西門まで20メートル。

 レンを残して、僕は残り僅かな距離を進みだした。


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