君だけのフィルム

ニュアージュハリソン

幸せの違和感

見る専。InstagramやTwitterなどの投稿系SNSにおいて投稿数が少なく人の投稿を見るだけの人をこういう。そして俺は例に漏れず見る専だ。見る専は自分のことを投稿しないのでリアルで会っていない友達からは俺のことは分からない。今何をしていてどんな生活をしているのか。

永瀬拓海。21歳、大学生。俺は今とてつもなく幸せだ。なんでたってとっても可愛い彼女がいるのだから。


街中の商店街の端の方。LUCKYという喫茶店に入る。中にはアンラッキーの塊かのような店主とやる気のなさそうな女性アルバイト。

「いらっしゃい」声とともにうわっと今にも聞こえてきそうな顔でこちらを見る店主。

「おう、たっくん。いらっしゃい」

アルバイトの山根沙知サチ。高校の同級生。

お茶を出しながら店主のヤマさんが言う。

「また惚気だったら追い出すからね」

「えーいいじゃん!たっくんの惚気なんてレアだよ!?」

「私はね人の幸せが嫌いなのー」

そんな言い合いをなだめていたら、店のドアが開く。商店街の端っこで他の店が華やかな中で地味な見た目。あげくに見つけにくい看板のこの店に客なんてほとんど来ない。来るとしたら、

「おう!タクはえーな」

こっちも高校の同級生の榊達弘タツ。

高校の時から3人でよくLUCKYに遊びに来ていた。その流れでサチはここでバイトしている。

「相変わらず客いねーのな。アルバイトなんて雇ってて大丈夫なのかよ。」

「お構いなくー」

ヤマさんの本業はブロガーで、それもかなり稼いでいるらしくこの喫茶店は暇つぶしらしい。

そして今では俺らの溜まり場。

「そーれーよーりー」

サチさんのウキウキタイム。

「たっくんは今日どんな惚気をお持ちでして?」

「最近あんまり会えてないんだけど、とりあえずいつでも可愛い。」

「きゃー」

「今日この後会うからあんま長居できねーわ」

そう今日はこれから彼女に会うのだ。それから30分ほどお店で話していたが内容はほとんど覚えていない。ほどなくして店をあとにした。


無意識にスキップしてないか、にやけていないだろうか人目を気にする。そして人目を気にしたことにより今日の髪は?匂いは?服装は?もう付き合って半年になるのにまだ付き合いたてかのようなウキウキが止まらない。


岸本朱莉アカリ、23歳。OL。俺、タクの彼女だ。

出会ったのは半年前。迷子の子供に同じタイミングで気づき2人で一緒に親を探した。それから連絡を取り合う中になり、いつの間にか惹かれていた。


待ち合わせ場所に着いて5分近くたった頃。

白いワンピースに緑の羽織。ポニーテールに少し落ちかけの茶髪。傍目でも彼女と気づきながらも、そっぽを向く。「おまたせ」ふわっと香水の香りが近づく。この匂いから彼女の匂いに変わる瞬間がデートで一番の幸せ。大半の人はふわっと香る香水の匂いしか感じられないのだから。そこに特別を感じる。この幸せがあと何年、何ヶ月…。いや今は数秒でも一緒で居られるならそれでいい。


なんて思ってたらあっという間に3ヶ月がたっていた。マンネリなんて言葉は一生使わないのではないかと思うくらい幸せだ。ただ最近では不安に思えてきた。彼女の方は特に取り柄もない自分なんかといて幸せなのだろうか。不安になってはLUCKYにみなを集め、大丈夫だと諭される。ついこの間だなんかは、惚気報告出来るまで呼ぶなとタツに締め出される始末。惚気報告が出来る間もなく今日も集まる。呼び出したのはサチだ。サチからの招集は珍しく振り返れば高校卒業以来じゃないか?


外の風は冷たく、すっかり秋になっている。それもそうかもう10月だ。冷たさってのはどこかトゲトゲしい。夏の暑さは広範囲攻撃のようにじわじわと全体を攻められる。それに対して、冷たさは矢で刺されるかのごとく肌の繊維と繊維の間に入り込み毒が回ったかのように体全体を冷やしていく。そして回復薬を求めギルドに駆け込む。回復薬には角砂糖ひとつとミルクを少し。温かいそれは毒とともに矢に刺された傷も癒すように体にめぐる。回復したらクエストだ、今日のパーティーはいつも通りヒーラーが2人に戦闘員は、まだ俺1人か。

「タツは?まだなの?」

見習ヒーラーがこちらへ近づく。

「今日は私がたっくんに用事があって呼び出したの。」

え?告白?サチは普通に可愛い方だ。高校の時には学校一のイケメンに言いよられたくらい。それがきっかけで女子にハブられて俺らみたいのと今もつるんでる訳だが。同じパーティーのヒーラーと勇者が付き合うなんて、異世界ものではよくある話だ。でもすまん、この物語のヒロインはサチじゃない。アカリだ。


ギルド内は安全な場所だといつから錯覚していたのだろう。ヒーラーは勇者を癒す存在で攻撃してくる敵ではないと。いや、裏切ったのはヒーラーではなく。

寒気がする。先程とは違った剣で思いっきり切られたみたいな。「背中の傷は」なんて言ったら色んな人に怒られるだろうな。ただ、なんとなく切られる気はしていた。でもそこから目を背けたかった。むしろ背けろと言われてきた。


この店に来て1割いや2割かな。ほとんど飲んでいないコーヒーを一気飲みし、1度深呼吸した。そして告白妄想を引き裂くかのような勢いで出されたサチの話をもう一度聞いてみる。今度は真正面から切られようと覚悟して。


頭が真っ白になっていく。


to be continued

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