-54- 教会5

 わたくしが”果ての東壁”と呼ばれる天高くそびえる峰が連なる山脈の中腹へ登ってすでに半年余り。今は息がすぐ切れるこの場所で厳しい修行の日々を過ごしている。


 登り切ったこの修行場へ一緒にたどり着いた数人もすでに姿が見えない。恐らくだが厳しい修行に耐えられなくて下山したのだろう。

 しかし、わたくしが修行を始めてからも次々と司教が登って来るが、同じように修行に耐えられているのは数人しかいない。

 厳しい修行はともかく、世俗の生活が恋しいのだろう。だから修行を途中で挫折すると思う。わたくしはそれに対してとやかく言うつもりは無いが、余りにも酷いのではないかと思う。


 そんな折、わたくしの修行を監督している管理官から呼び出しを受けた。

 実際には管理官を通じて呼び出されたのだが、呼び出しの主はこの修行場の統括している人だ。

 位で言えばわたくしなど足元にも及ばない。教会を統べるべき教皇様だ。

 存在すら疑われていたが、こんな場所にいるとは思わなかった。それがわたくしの率直な気持ちだ。


「おう、来たか!かしこまる必要は無い、もっと近こう寄れ」


 教皇様の部屋に入り、一歩踏み出してから膝を付こうとしたところ、その様に申された。わたくしにとって何よりの言葉だ。


「修行を頑張っているそうだな。関心関心」


 教皇といえば威厳を持ち、厳つい顔で睨みつけてくるとばかり思っていた。しかし、そんな考えとは裏腹に、気やすく声をかけられ、少々困惑気味だ。にこにことした笑顔は何の表裏も無い様に見える。

 いや、その表情が見えぬのが怖いのかもしれない。


「もったいなきお言葉です」

「だから、そうかしこまる必要はない」


 教皇様はすっと立ち上がるとわたくしの目の前に歩み寄って、わたくしの肩に片手を当てた。


「修行を終えるまであと半年はあるが、お前のその努力に免じて先に力を与えるとする」

「もったいなきお言葉です……。して、その……」

「それ以上は言うでない。お前の力を開放する。さらに半年、修行に励み、その力を己が物とするのじゃ」


 教皇様がそう申されると、わたくしは眩いばかりの真っ白い光に包まれた。

 それは教会でさまざまな儀式を行っているときと同じ光景だった。

 わたくしの身で、祝福の儀と同じ体験を再びするとは思いもよらなかった。


 そして、白い光が収まると、にこにこと笑みを浮かべる教皇様がアミュレットをわたくしの首に掛けてくださるところだった。

 教会の印を象ったアミュレット。

 今ならわかる、そこに秘められた力があるということが。


 今までも教会の印を象ったペンダントを首からぶら下げていたが、頂いたアミュレットのような力は感じなかった。そのアミュレットが特別のなのだろう。これは大切にしなければならない。


「このアミュレットはお前のためにある。他の者には使えん。肌身離さず身に着けておくがよい」

「ありがとうございます。大切にいたします」

「その言葉を聞いて安心した」


 そうわたくしに向けて呟くと、自分の椅子に戻っていった。


「明日からの修行は別メニューになる。管理者によく聞くことだ」

「畏まりました。それでは失礼いたします」


 教皇様との謁見は短い時間で終わりを告げた。

 もっと聞きたいことがあったが、忙しいと思いわたくしの我を押し殺した。


 教皇様のお体はわたくしたちと何か違うような気がしてならない。

 それを尋ねたかったが、叶わぬ事と思うしかないだろう。

 何故、このような場所に隠れて住まうのかも知りたいのだが……。


 今思えば教会自体も謎で包まれている。

 だが、わたくしに与えられた力を感じると、そんな事はどうでも良いとさえ思える。

 それだけ、与えられた力があふれているのだ。


「これからはさらなる修行が待っているだろう。気を引き締めなければならないな。世俗の欲に負けぬように……」


 わたくしはそう思いながら、廊下を進み、自室へと戻るのであった。

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