第21話 ジード王の決意

 煙の上がるライテシア城。まさに、ライテシア城は、ヘルメス軍からの攻撃を受けている真っ最中であった。既に第一の砦は破られ、ヘルメス、ライテシア双方の討ち倒された屍が幾つもあった。城内は射ち込まれた火矢の為に煙っており、剣の交わる音が城の方々で飛び交っていた。


 「ジード王! もはや第一の砦に味方はおりませぬ!」


 「仕方あるまい! 第一の砦を放棄! 二の砦に後退する……」


 「はっ!」


 自ら剣を持ち、先陣を切って進むライテシア国王に、側近である部下達が状況を次々と報告するが、やはり、戦況は良くない。やむなく、一歩後退する事を決心する国王であった。国王達が第二の砦に入るや、鉄の重い扉がすかさず閉じられる。すると中は、先程の戦闘が嘘の様に静まり返っていて、兵士達も、ほんの一時だが気を許せる時を味わえる。だが、国王のモトには、途切れなく伝令が駆け寄ってくる。


 「ジード王! メギディス殿の救出は成功せずとの伝令が……」

 「闘技場部隊は壊滅状態に……」

 「誠に無念でございます」


 「そうか……」

 「アイゼン! 密かに落城の準備を……」

 「全員を王室へ集めてくれ……」


 「は? ははっ!!」


 国王に、呼びつけられた側近である近衛騎士のアイゼン。最初は何事かと、聞き直そうとしたが、すぐにある事を察知するや、城の中を大急ぎで駆けて行った。表では、ヘルメス兵が近くの森から切り出した丸太を持ち出し、第二の砦の扉に突撃を開始していた。その振動と音がリズム良く何時までも続いており、中の兵士達はいざと云う時のために身構えていた。


 暫くの時を経て、城に残った者全員が王室へと集められていた。その全員の注目の中、国王と王妃が姿を現し、静かに玉座へと着いた。国王のジードは、兵士達の顔を見るのみで何も語らない。兵士達は、ざわめいていた。


 すると、先程、国王にアイゼンと呼ばれていた近衛騎士が慌ただしく現れ、すぐ後ろを若い騎士と、侍女と思われる、若い娘…… いや10歳くらいの子供が現れた。


 そして、アイゼンは国王の前に進み出て一礼をした。


 「連れてまいりました……」

 「17人衆のネアに、侍女のクリミネルでございます」


 アイゼンの言葉に続いて、連れてこられた2人は、王の前へと跪き、一礼をした。その2人を見る国王の目は、頼りになる者を求める様な、そんな寂しい目をしていた。


 「ネアよ、その方、その若さで17人衆では一,二を争う腕らしいの」


 「とんでもございませぬ」

 「まだまだ未熟故、先駆け(注*1)のラウル殿には敵いませぬ」


 「謙遜しよって……まぁ良い……」

 「そして、クリミネルよ、お前は王室では一番若くして、最高の英知を持つと聞く」


 「そんな、滅相も御座いません……」


 国王はまるで世間話しでもするかの様に、2人に対して優しく落ち着いた言葉で語り掛けていた。その言葉に、何を聞かれるのかと心配していた、ネアとクリミネル。ふと、安心した様に、微かな笑みをこぼしていた。それにつられた様にして、それを見ていた兵士や侍女達にも少々の笑みが浮かんでいた。


 「そこでだ!」

 「そなた達に言い渡す事がある....」


 しかし、急に国王の声が、強調したものとなり、皆、その声にギョッとしていた。急に王室内は、重い雰囲気と化していた。


 「17人衆ネア、侍女クリミネルは即刻退城の準備をせよ!!」


 「なっ! 何を申されます!」


 「そうです 私もお供致します!」


 退城との言葉に、我を疑った2人が国王ジードへと駆け寄っていた。状況からして、城は間もなく陥ちる。国王は2人に、君主として使えた者と死する事を許さなかったのである。君主と命を共にする、これが、この国ライテシアの名誉である。先の国王の言葉は、配下に仕える者にとって、非情な物であったのだ。


 「最後まで話を聞け……」

 「お前達には、アルキアのジューダ城へ行ってもらい」

 「ライテシア再建の任務を与える……」


 「ネアには、我が第一皇女、アナリスを、」

 「クリミネルには、我が第二皇女、ラシーネを託す」

 「ネアは、他の17人衆4名と共に裏手より出よ」

 「クリミネルは、残りの17人衆12名と共に表より敵中をつっ切るのだ……」

 「人選は、ネア、お前に任せる……」


 2人の姫を二手ふたてに別れて城より脱出させるにしても、表から出る第二皇女のラシーネは囮であることは明白だ。王室では、アナリス派と、ラシーネ派と言う派閥がやはりあり、ラシーネ派が納得する訳が無かった。だが、国王もこれに気付いていない訳ではない。


 「判ったのならば、即刻行動に示すが良い!」


 「は、ははっ! 只今!!」


 珍しく恐ろしい口調の国王であった。ネアとクリミネルは、後ずさりするや、慌ててそのまま王室を後にした。その後の王室の雰囲気が非常に重かった。ラシーネ派が第二皇女のラシーネを囮と分かって敵陣を走破させる訳がないのである。


 「お前達……勘違いするでないぞ……」

 「良いか……ここにおる者は皆、クリミネル率いるラシーネ陣が城外へ出られる様、全力を尽くす……」

 「命に替えてでも姫は護る」


 「……但しだ……」


 「ネア率いるアナリス陣には気遣いは一切無用だ、彼らにはこの難局を5人で乗り切ってもらう……」

 「我々が、姫を退城させるのは、表からだ。 良いな……」


 「私は、誰も囮にはせぬ!」

 

 その言葉を聞いたラシーネ派は至極納得した。逆にアナリス派が若干不満を持った様子だが、表を騒々しくすればするほど裏手は手薄になる事を取り合えず良しとしたのだ。


 アイゼンの目からは、微かに涙と思われるものが見てとれた。そして、何故か、そのまま国王の前に土下座するのであった。


 「ジード王……」


 「お許しください……わたくし、一瞬でも国王に疑惑の思いを……」


 「そう思うのであれば、2人の姫を無事にジューダ城へ送り届けて欲しいものだな」


 半分苦笑いをする国王の顔に、白い歯が覗いているのが印象的であった。それを最期に国王の笑顔が薄れて行った。


 「のう、アイゼンよ……」

 「ギルマの神話、完結の時は来ると思うか?」

 「私は……私は、正直言って、来ぬと思う様になってしまった」


 「何を言われます」


 「わたしは国王としては失格だな」

 「今回の件で、戦いを嫌うだけでは国は治まらんと気付かされたよ」

 「わたしの人間として未熟な故、力の無さが故に、お前達に苦労を掛ける……」

 「済まぬ……」


 「いいえ、我らが王ほど、民を愛した国王はおりませぬ」

 「それが我らの自慢でありまする」


 「そうか、そう言って貰えると心強いの」


 既に太陽は真上に昇っていた。だが、国王達は、依然と薄暗い城の中で篭城する状態が続いていた。第二の砦にも火矢が打ち込まれだし、扉は半壊状態になったのを確認すると、装甲兵がその周りを囲んだ。残りは第三の砦の扉に戦力を集中するが、そのこにも火矢が届き出していた。



            - つづく -



(注*1)先駆け:敵陣に一番に攻め入る事。

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