第19話 身代わり
「ライテシアの奇襲だぁ!」
高らかに発せられたのその声は、ヘルメス兵のものだった。声と共に、ヘルメスの警備兵が辺りを見渡そうとした時、既に時は遅かった。観客席の最上段にいた兵士は、次々と闘技場の外から射抜かれ下段へと転げ落ちて来る。
ライテシアの弓兵は、商人の格好をし、荷車に弓を隠し持ち、この機会を狙っていたのであった。だが、怒り狂っている筈のガルディは意外と冷静で、何か色々と策を用意している様子で何もかも計画通りだと云いいたげな表情をしていた。
「慌てるな…… 闘技場に火を放て! 城の攻撃部隊には攻撃を開始させろ!」
「お前達、大神官は即刻切り捨てろ! ダリル、娘はまだ見つからぬのか!」
「ははぁ、今暫くお待ちを……」
ライテシアの奇襲にも慌てる事なく、ガルディは次の指示をする。きっちりと城にも、攻撃部隊を配置していたのであった。
ガルディの不穏な動きに不安になったフレイアは、観客席を乗り越えると張り付け台へと駆け出していた。とっさの事にクムも止める事が出来ず驚いていたが、出て行ってしまったものはどうしようもない。クムも後から続いた。
闘技場の外では、ライテシアの弓兵が休み無く矢を射っていた。だが、その足元を、液体が流れるのに気付く者はいなかった。周囲には、揮発性物質の鼻を付く臭いが充満して来ていた。そこで、やっとライテシア兵が異変に気付いた。
「しまった!! 油剤か!」
その言葉と同時に、地を炎が一気に駆け抜けた。辺りは一瞬にして火の海と化した。ライテシアの弓兵は全て炎の中に取り込まれて行ったのである。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
火だるまとなった兵士達は、呼吸を断たれ、そして、熱に苦しみもがく。やがて、静かに地へと崩れさった。だが、それでライシテアの奇襲は終わらなかった。次に、馬にも装甲を施した装甲騎兵が、炎の壁を突き抜け闘技場へと次々に突入して行く。その間にも、炎は勢いを増し街は再び大火の中にあった。
「お父様!!」
「フレイアか!?」
「ここに居てはいけない。 早く逃げなさい」
フレイアはやっとの事で張り付け台へと到達していた。目隠しで見るすべを持たぬメギディスは、声で我が娘を確認していた。全力で駆けて来たのであろう、息を切らし言葉も絶え絶えだが全く休もうとはせず、すぐ様縄を解きに掛かった。
「無理じゃ……フレイア。 縄は縛った後に濡らしているから簡単には解けん」
縄を解こうとする娘に、メギディスは娘の身の安全を気兼ねする。既に闘技場内には新たにライテシアの騎兵達が突入し、大混乱に陥っていた。だが、ガルディがこれを見逃す筈がなかった。この時のために練った策略なのだから……
突然、メギディスの胸を背後から剣が突き抜けた。声とも唸り声とも言えない声と共に、フレイアの顔に鮮血が降り注いだ。父の胸から突き出た剣、そして、己の顔に付着した鮮血、フレイアの思考は一瞬止まった。
「おっと、そう簡単には渡せぬな……フレイア……」
「水晶だ、水晶を貰おうか……」
メギディスの背後からガルディが顔を覗かせた。部下を数名従え、メギディスの胸を貫いた剣を荒々しく力強く引き抜くと、不気味に微笑んだ。
「いゃぁぁぁーっ!!」
フレイアの今までにない叫び声が場内に木霊した。フレイアの後を追うクムは、右手に白く光る魔法陣を盾の様に持つと風系の法術を使いフレイアを援護していた。近づく兵士を一人一人法術で弾き飛ばし、地に叩きつけた。雷撃系、炎・爆撃系の
「な、なんだ、お前は……」
立ち尽くすのみのダリルを前に、クムは嫌な予感を感じていた。こう云う時の嫌な予感は結構当たるのだ、負けを意識する最悪の雰囲気が押し寄せた。
「フフフフ、こんな所で、ル-ンの使い手に逢うとはな……」
「しかし、これ以上邪魔だては許さぬ……」
ダリルの趣味なのであろうか、ガート・プルートンの時もそうだった様に、法術を使う者同士で勝負しようという事なのであろう。だが、実際は格の差を見せつける”いたぶり”でしか無い。ダリルの
「え!、
「や、やべぇ……」
相手が
「どうする……このままじゃ……」
周りの状況を把握して、彼の戦法は決まったようだ。
双方共、ル-ン発動するために、念入れに入る。お互いの間合いを取りながらジリジリと動き出す。当然その目は相手を見ている……と言いたい所だが、クムの視線は少し視点の違う場所を見ている。その先にはフレイアの姿があった。
不意を突いて、ダリルがクムに対して攻撃を仕掛ける為に動きを取った。と同時にクムはその動き合わせて
クムの天空から稲妻と閃光が轟きと共に地に落ちた、空が引き裂かれ地には亀裂が入った。これは、ガート・プルートンが使った
「ヒッヒッヒッヒ、造作もない……」
ダリルは非常に機嫌を良くしニヤリと笑みを浮かべる。しかし、何故か自分の勝利に酔う気分にはなれず、黒焦げになったクムを見下ろした。その時から、とある違和感が湧いて来ていたのである。ダリルの表情は段々と変わって行った。
「むぅ……こ、こやつ……」
「初めから捨て身で?……」
クムの放った白い閃光…… ダリルは攻撃として避けたつもりだったのだが、実は、更に奥のフレイアに命中しており、当然のことながらそれは攻撃では無かったのである。父の死を目の当たりにし呆然とするフレイアの身体は白くぼんやりと輝いていた。
「……なんなのだ? この光は……」
「うぬぅーっ、なんという事を……」
「娘に
魔法による全ての攻撃から身を護る
フレイアはその場を動こうともせず意気消沈とし、憔悴しきったその顔は心ここに有らずと云った感じだ。周りの状況が見えていない状態であった。
この混乱に乗じて、貼り付け台から一番遠い入り口が騒がしくなったかと思うと、ドーンと云う音と共に砂埃が舞い上がった。その中から1頭の白馬とヘルメスの騎馬が数騎乱入した。
それに気付いたフレイアは、その光景を見るや白馬の王子でも助けに来たと思っただろう。だが、馬上には人の姿は見えなかった。……のだが、どうやら馬の脇腹に張り付いていたらしく、走行しながらなんとか馬上へと這い上がった。騎乗者は女で、女の髪は少し茶色がかったブロンドの長髪を風に靡かせて颯爽と馬を駆った。
その駆け付ける先は間違いなくフレイアであった。馬上の女はフレイアに近づくと姿勢を崩し、そのままの速度を保ちつつ、右手をフレイアへと差し出し絡ませる。通過と同時に、フレイアは白馬の馬上に居た。
ミニスカートにブーツ姿に肩と肘、膝には甲冑とまではいかないが装甲の様なパッド盛り込んだ服装の白馬に乗った女。剣士の様だが剣と盾は持っていない。そして、一連の行動を成しえる様には到底思えない程のか細い腕……。
「いい?……しっかりと捕まるのよ!」
その言葉に、フレイアは女の腰にしっかりと腕を回し夢中でしがみ付く、その感触を確認すると女は騎馬の速度を上げた。
「追えっ! 捕まえろ!」
その一部始終を目前で行われてしまったガルディ達。後続のヘルメスの騎兵にやっけになって檄を飛ばす。一同は闘技場の場外へと走り抜けると、追跡戦はそのまま場外へと続いた。
- つづく -
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