第16話 近衛重騎兵


この国には、建国最大の危機が迫っていた。この国の最北の地にヘルメスと云う地域がある。その領主が謀反を起こしたのだ。


この領主ガルディ率いるヘルメス軍と、内戦状態に陥り既に半年と言う月日が経った頃の事である。城下の街、ザ-ルが襲われ、この国の司法を携わる大神官メギディスが捕らえられた。


そして、来る日も来る日も攻め来るヘルメス軍に、国王は篭城し応戦していた。だが、蓄えた物資からして、篭城可能な期限は1ヶ月、間もなくその日は迫っていた。


状況は決して良いとは云えなかったが、彼らも又、三羽の鷹を紋章に持つ伝統ある貴族。ライテシアの名に掛けても、城だけは守らねばならなかった。


内戦当初、2万の兵であったヘルメスは、いつの間にか10万の兵にまで膨れ上がっていた。各街には、ライテシアの兵8万が残留すると言う状態に陥った。ライテシアの兵達は城の壊滅を予測してか、酒を喰らっては女と戯れ、又は、街で暴れると言う悪態振りであった。


しかし、ライテシア兵の皆がそうであるとは限らない。西のレナと言う地域の装甲歩兵、東のリニアと言う地域の騎兵、さらに南のリプルと言う地域からは、弓兵が集結しつつあった。


この、『ライテシア王国』の行く末を知る者はいない。


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 ここで、『ライテシア王国』の近衛兵のお話しをしよう。


 この国の国王は、市民達との触れ合いを深く望み、自身の身辺には近衛兵はおろか、警護の兵すら目立って置く事はしない。その為か近衛兵の姿はあまり知られていないという事態になっている。


 今、この村で行動する騎兵達が、このライテシア近衛重騎兵達だという事が判るのは、恐らくフレイアのみだろう。


 軍の中では、精鋭と言われる騎士達。その中から、選りすぐりの騎士ばかりを集めて70名の近衛師団が編成され、その半数程が重騎兵と云う装甲兵の構成となっている。


 そして近衛師団の頂点に17人衆と呼ばれる称号が存在する。17人衆は、その名の通り17名の騎士達で編成されており、この国の騎士としての最高の地位と名誉である。そして、その者達の左胸には血の十字架ブラッディクロスが付けらていると云う。


 フレイアは近衛重騎兵達の中に、この17人衆を見たのである。


 この、皇族の警護にあたる言わば一番王族に近い騎士達が、正装かつ17人衆と行動を共にしていると云う事は、皇族が動いていると云う事である。


 「17人衆?……なぜ、ここに?……」


 騎兵達の目的が、負傷兵の手当てだと分かった知った村人達が広場に集まりだしていた。フレイアもそれに混じるように、納屋から飛び出して行った。


 よく見ると、1名の近衛兵が負傷して横たわっている姿が目に入った。兵士の傷は剣らしく、胸から腹部へと深く差込み、範囲が広い。アルコールで消毒するが、念の為に傷口へ焼いた剣を押し当てる。辺りには異様な臭いが漂う。かなり容体は悪いのか、通常ならばその苦痛により叫んでも良い筈なのに、ぐったりとしていて身動きすら感じられない。もう顔には血色は無く、強ばった表情のまま白く硬直している風にも見えた。


 一人の兵士が、何度も消毒に使う酒瓶と薬品を運びに走っていた。その時、飛び出して来たフレイアと鉢合わせするや、驚いた表情をしていた。


 「……フレイア殿……」


 その声に反応するように、兵士達の手が一瞬止まった。皆、驚きを隠しきれない様子。


 「フッ、フレイア殿……」

 「よくぞ御無事で……」


 「あなた方こそ、なぜこんな所に……」

 「ライテシア城は、まだ無事なんですか……?」


 「城は未だ陥ちず、我が王は健在であらせられる」

 「それより……」


 兵士が言葉を続けようとすると、その兵士の背後から肩にポンと手が置かれた。その背後より現れたのは、他の兵士より数段小柄な兵士であった。その違和感にふと首を傾げるフレイア。しかし、兜を脱ぐその姿を見てフレイアは思わず片足を地に着けた。


 「王妃様……」

 「ご無事でなによりです」


 「フレイア……貴方こそ……」


 甲冑の中からは、高貴な美しい顔が現れ、澄んだ声が発しられた。フレイアはその左手を取り、優しく忠誠の口づけをする。この国の、現在の国王は王位に着いて5年、婚儀を執り行って2年であった。当然、夫妻共に若く、フレイアとそう年も離れてはいない。


 しかし、民衆を重んじ、自ら野良仕事をもやり遂げるライテシア王。民衆からの支持、忠誠は、過去にはない支持率の高さであった。


 「フレイア、メディギスが明日……」


 「王妃様……ご存じでしたか……」


 「この国の他の官僚達は殺され、メギディスは、残った最後の官僚だと言うのに……」

 「あなたにも、申し訳ない限りです」


 「……でも、どうしてここに?」


 フレイアは膝を地に着けたまま、王妃が城を出た事の疑問へと触れた。何か事を起こそうとしているのが判ったからである。その、彼女の疑問に答えるべく、一人の兵士が一歩前へと進み出た。


 「街の残留兵統治のための出兵です」

 「王妃の御意向により、我ら近衛第2騎兵が公務を執行中」

 「王妃は予てより、街の様子を気にしておられたのです」


 兵士はさっと敬礼をすると、再び一歩後退する。そして王妃の表情は更に暗く沈んでいた。王妃は、やがてその経緯を話す気持ちの整理を付けたらしい。


 「でも、うかつでした……」

 「道中、ヘルメス兵の待ち伏せに遭いました」

 「この者達の腕なら、相手にもならぬ筈でしたが、」

 「何分、戦場いくさばを知らぬ私がいたものですから、この者が盾に……」


 王妃が視線を送る先には、尚も兵士の治療が続けられていた。だが、兵士達は普段はここまでの処置はしない。傷を見れば助かるかどうかぐらい、直ぐに判るからだ。だが、最後まで諦めないでいたのは、王妃の気持ちを察してからなのである。


 やがて、一人の兵士が王妃に向かって、非常に辛そうな表情をすると、無言でゆっくりと首を振った。


 「……やはり駄目?……」


 兵士達の治療の手は既に止まっていた。うつ向きながら、やがて死に行く同志の最後を見届ける決心をすると、最後を全員の敬礼で見送る事とした。その情景をクムもフレイアも神妙な面持ちで見つめていた。


 そんな中、何を思ったのかクムが危篤の兵士へと近づき、何か診断でもするかの様に左手を当て出した。そして右手で地面に垂直に宙に円を描いた。その円は白く光り出すと8つの魔法陣に分かれ、自転しながら縦列に円軌道上をゆっくりと回り出した。クムがその中の1つに触れるとその魔法陣は倍の大きさになり、残りの魔法陣は消えた。残った魔法陣はより一層強く輝き出す。その時のクムは何か無言で念を投じている様に見えた。


 2人の身体は白き光に包まれると霧が掛かった様にぼんやりと輝きだした。その幻想的な光景を凝視する兵士達。やがて、負傷兵の顔にはみるみる赤みが戻ると、出血は止まり傷口も痕が判らぬ程度に塞がっていく。そして、徐々に意識を取り戻す兵士を見て、誰もが驚かぬ筈がない。兵士は蘇生したのである。



            - つづく -

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