第3話 魔族

 森の闇の中へ拉致された村人の叫び声がまだ続いていた。その声は残虐さを物語るのに充分だ。そして、その声が聞こえなくなくなると、森は再び沈黙した。村人達は耳でしか感じられない恐怖に脅えていた。

 そんな中、俺は、既に逃げ道がないという事態を悟っていた、正に絶体絶命ということも。


 「アルマティア、聞いてくれ……ここに居てはまずい……」

 「俺が合図を送るからその方向へ皆を連れて走り抜けるんだ」


 「でっ、でも……貴方あなたは……?」


 「俺のことはいい……」


 俺は両手を合わせると、ある言葉を綴った…ルイーズはそれが呪文ルーンであることが判ったのだろう、俺の顔を驚いたように見ていた。だが、彼女にはその内容は判らない……ルーンとはいにしえの言葉なのだ。


 『……広域攪乱:騙撃デシーブ……』


 シュウウウウーーー 合わせた手から蒸気と妖気が立ちのぼる。


 『即時実行イグザクト!!』


 かなり強い口調で叫んだ。合わせた手を魔物達に向け一気に気を放つ、辺りの空気が淀みズンッと重みを持つと一瞬だが空に閃光が走った。一時的な攪乱による目眩ましを喰らした。


 「今だ、行け!早くっ!」


 「はっ、はいっ!!」


 ルイーズが言葉にもならないような声で答えると、村人達を連れて走り出した。その姿が見えなくなるのを見届けて、俺は一気に片付ける戦法に出る筈だったのだが……


 『地に降りし魔界の下僕達よ、汝らに命ず』

 『汝、魔界に帰り、魔界に生きよ……さもなくば……』


 森に入るまでは青々としていた空が、あっという間に暗雲に包まれた。それは無数の妖鳥達が作り出す影であった。それが、次々と俺へと降りて来る。俺は更にルーンを唱えるのだが……

 次々と俺の上に折り重なるように降ってくる妖鳥、その数と重みで俺は倒れこんでしまった。そこで、俺の記憶は途切れてしまった。


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 ルイーズと村人達はなんとか村の入り口へと辿りついていた。ずっと走り続けていたため、まだ鼓動の激しさが収まらないがルイーズは立ち止まり振り返った。ガートはまだ追い付いて来ない……

 森を見ると、ガートがいた筈である場所に魔物達がどんどん降りていくのが判る。その光景は、まるで空から黒い帯が下りているようである。どう見ても、助かる勝算はないように思えた。


 ……ガート、お願い、無事でいて!!……


 森のこの騒動に、何事かと他の村人達も外に出てきて様子を伺っていた。しかし、幾ら待てども、森の様子は酷くなるばかりで、一向に黒い影が減る気配がしない。村人達は夜明けまで、これらを見守っていた。

 

 いったいどの位の時間が経っただろうか。しかし、ガートはついに戻っては来なかった。


 ルイーズは彼を待つ間、彼の無残な姿が時折脳裏を横切り、居たたまらない気持ちで一杯であった。逢ってまだ間もない人物だが、『もう魔物達に殺られてしまったのでは』と思うと、何だか急に虚しくなってしまう。

 ただ、今一度冷静になると、あの混乱の中での事を思い返すのだった。ガートの唱えたものの事だった。


 ……確かにあれはルーンだった……

 ……何故、彼がルーンを……?


 ルーンを唱える者などそうそう居ない。居るとすれば魔道師(魔法使い)達が密かに使っているということぐらいだろう。

 ルイーズは部屋に戻っていたが、まだ窓からずっと外を見つめていた。彼女は結局一睡もできなかったのである。大きなため息をつくと窓のカーテンを閉じようとした時だ。ふと、森の中でなにか小さな赤い光がチラチラと見え隠れするのを見つけた。


 何かしら……


 慌てて外に出るが、それはやがて消えてしまった。何かの見間違いかと肩を落とす彼女、しかし、その光は再び現れた。そして、ゆっくりとこちらに向かってくるのが判る。それが近づくに従い速度が段々と速くなると目の前の視界いっぱいにまで大きくなり、ルイーズの処に降りてきた。


 光の中に全長10mはある巨大な朱色のファルコンが、大きく羽を広げ威嚇していた。その目までも真っ赤に輝いており、怒涛の如く怒りに荒れていた。

 その身体は怪我を負っていて、苦しみもがく様子も伺えたが。やがて怒りが収まると、力尽きたのかその場に倒れ込んでしまった。


 この後、ルイーズはもっと驚くべきものを目にするのであった。彼女の目前で、ファルコンが小さくなって行き、姿を変えて行く……やがて、それは、見覚えのある者へと変化していった……


 「……ガート……」


 ……無事だった…… 

 

 よかった……安堵するルイーズの前に、ボロボロの旅人姿のガートが倒れていた。ルイーズは緊張の糸が途切れたのか、その場に座り込んでしまった。何故かこれらの事態を素直に受け入れられている自分がいた。


 「魔族であったか……」


 突然の言葉にルイーズが振り返ると、すぐ後ろで村人達が立っていた。村人達は神妙な表情をし、終始無言だった。


 「あ、あの……」ルイーズが何かを言おうとしたが、村長の左手が『そのままで』と言っていた。皆、倒れたガートを優しく暫く見つめていた。


 「魔族であるが……我らを守ってくれた……」


 ルイーズはそれに何度も頷いていた。『悪しき者は殲滅されるもの』との考え……昨夜のガートとの議論が頭を過った。あれを完全に否定したいと思いの頷きであった。


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 俺は目覚めると、目の前にルイーズの顔……あまりにも驚きで、飛び起きてしまった。そこは、昨夜過ごした一軒屋だという事は理解したが、納屋ではなくベットで横たわっていた。


 ……なんだ、どうなった?……


 ルイーズの顔見て、何があったのか聞こうとしたが、先に彼女が笑顔で話してきた。


 「なんて顔してるのよ……」

 「村の入り口で倒れている貴方を村人が見つけて運んだくれたのよ……」


 恐らく俺は口をだらしなく大きく開けていたに違いない。このルイーズの言葉は実は嘘だと判ってはいたが、この様に何処かで俺を気遣ってくる様子は、一体どういう事なのだろう。


 どうやってあの数の敵から逃れたのか判らないが、酷く疲れてはいたが大した傷もせず、奇跡的に助かったことに安堵する自分がいた。


 そうして、3日が過ぎ、旅の続きができる程体力は回復した。だからと言って、再び旅に出る理由が無ければその気もない。


 「ガート……さ、行くわよ……」


 旅支度したルイーズが部屋に飛び込んできた……何処かに行くらしいが俺には全く覚えがない……何かあったっけ?……と考えこんでいると……


 「もう! 女神探しするんでしょ?……さ、は・や・く……」


 「え、お前アルマティアもいくのか?!」


 「フフッ、そう!」


 どうもこうもない……なんでルイーズと旅せにゃならんのだ? いったいどういうことだ……? そういう俺の手をぐいぐいと引っ張っていくルイーズだった。

 

 ルイーズ・アルマティアは、ガートに悪しき心が芽生えた時、殲滅させようとし決心したのであろうか、それとも……


 強引に腕を引っ張るその姿は、見方を変えると腕組をしながら歩くカップルのようにも見受けられる。

 彼女はこの時、自分がガート・プルートンへ魅かれて行くことになるとは考えも寄らなかっただろう。


 こうして、ガートとルイーズの旅は始まった。 




            - つづく -

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