第41話 依り代

 雑多な空気ががらっと変わったのは、見るからに他所の人だとわかる部隊が礼拝堂に到着してからだった。


 人ではなくて、部隊である。


 魔力覚醒者の才能如何によっては利権が大きく動くことがある。あまりに強い適性が見出されれば、下手をすればその場で誘拐なんてことが起こるらしい。


 そのための護衛と、儀式を行うための物品を持った部隊が派遣されてきたわけだ。


 フィールブロンで見かけた冒険者たちを思い出した。纏う雰囲気と、何より背負う装備の重量が違う。既に職業を取得しているんだと誰もがわかった。


「賢者協会です。職業取得の儀式の護衛に参りました。神父様はおられますか」


 礼拝堂の奥から神父様が俺たちに応対させまいとするかのように駆けつけてきて、二言三言話す。


 さっきまで一緒に作業をしていた子供たちがわらわらと集まって、でも怖いので遠巻きに彼らを見ていた。


 そして神父様がやってきて、子供たちに言った。


「みんな、斎場の設営ありがとう。ここから先はヴィム君とハイデマリーさんと私たち、それから賢者協会の人以外はいてはならないから、帰りなさい」





 護衛の人たちの手によって整理された礼拝堂はさらに飾り立てられた。魔術的な風水のようなものがあるらしくて、俺たちは用意が整うまで隅っこで座っていろと言われてしまった。


 手持ち無沙汰である。それでかえって先のことを考えてドキドキしてしまう。


「……ねえハイデマリー、戦士か魔術師にするって言ってたけど」


 ──職業は主に、戦士、魔術師、神官、付与術師の四つに分かれる。




 戦士。


 圧倒的な身体能力を生涯通じて向上させ続けることができる格闘の職業。所謂腕っぷしというものがそのまま圧倒的に強化されるため、特に男性で戦士の職業を取得している人は多い。


 さらに剣だったり盾だったり、持つ武器によって小分類の職業に特化させることができる汎用性があり、中でも剣士は冒険者や兵士の花形として名高い。伝説で名を遺すような英雄もその多くは剣士だったりする。




 そして俺の志望職、魔術師。


 遠距離から攻撃魔術を用いて攻撃を行う職業である。


 戦士に憧れる人たちは意識しないことだろうけど、神官や付与術師を含めた魔術の比重が大きい職業の中では魔術師というのは憧れの対象なのだ。


 格闘の花形が剣士であるならば、魔術の花形は魔術師。


 それは魔力を使う技をすべて括って「魔術」と呼ばれることにも表れている。


 歴史的にはもともと、魔術師が使う攻撃魔術のみが「魔術」と称されていたのだ。その時代は現代では剣士の技能をして「剣術」と呼んだり、神官による治癒を「奇跡」と呼んだり等々していたらしい。解析が進むにつれてそれらが同質であるということがはっきりし始め、職業によってもたらされる魔力の作用を総じて魔術と言うようになった。




 この二つの職業は攻撃能力があるということでそれぞれ人気が高い。ハイデマリーがこの二つのどちらかにするというのはしっくりくる。

 

「まあ、言ったね。どっちかにするよ」


「神官とか、それこそ付与術師とかの適性が出たらどうするの」




 神官。


 人体の回復能力を極限まで高め、治癒させることに特化した職業。冒険者や兵士とは別に神に仕える神父や修道士御用達でもある。

 攻撃魔術としての技能はないため単身で行動するには不向きだが、その圧倒的な需要ゆえに取得すれば食い逸れることはまずないともっぱらの評判。

 ただし、実は戦士の次に身体能力が強化される職業で、中にはいくら傷ついても瞬時に自分で治癒できるということで格闘を有利に進める神官戦士なるものもあるとか。



 それから、付与術師。


 物の性質を変化させることに特化した職業。主に人の身体能力や魔術を強化するのが仕事とされる。

 ただ、応用が非常に難しく、取り扱いが難しいため好んで雇われたり需要があったりはしないらしい。

 正直良い話は聞かない。職業を取得しないことと比べたらかなり便利だけど、というくらいみたいだ。




「……う、うーん。さすがに性に合わないから、無理やり戦士か魔術師になっちゃうかなぁ」


 ここにきて言葉を濁す彼女が本当に意外だった。


「適性が皆無ってことは滅多にないらしいし、たぶん、大丈夫だと思うけれど……」


 そう言いながら不可解な顔をしている。


「……どうしたの?」


「いやね、前も言ったけど、何か違うというか、私に関しては選ぶこと自体が間違いのような」


「どういうこと?」


「私にもわからない。戯言でしかない、きっと」


 彼女の居住まいは妙だった。


 心ここにあらずという感じ。本人としてもわからない何かを抱えているような。


 ここ数日ずっとそんな感じの漠然とした違和感を覚えていて、その正体がここにあったような気がした。


 緊張している俺以上に、ハイデマリーの様子が変なのだ。


 ──違う。妙なのは俺の方だ。


 何かを感じているのは彼女を見る俺だ。


 これは……疎外感?


 そうだ、つまり、俺は



「二人とも、準備が終わりました。これより孵化の儀サフ・アを執り行います。賢者様のご降臨までは私についてきてくださいね」



 神父様が言った。


「いよいよだぜ」


「……うん」


 すっくと立ったハイデマリーに続いて、斎場に向かった。





 祭壇が置かれていた場所には、陣が書かれてあって、その中央には布が重ねられていた。


 よく見れば、カーテン? いや、ローブだ。服のようなものが丸く重ねられて置いてある。その中央にはとんがり帽子エナンが被せられていた。


「では、今から賢者様にご降臨願います。二人とも、失礼のないようにね」


 神父様はいつもの柔和な表情と打って変わって強張った顔をしていた。丁寧に陣の一カ所一カ所を順に指で叩いて、恭しく唱えた。



「『賢者殿ヴァイズお呼び立てしますヴシュヴーロン』」



 一切の予備動作や予兆なく、とんがり帽子エナンが持ち上がった。それを纏うようにローブがはためいて、帽子の下の空間を包むようにボタンが閉じた。


 尋常ではないことが起きているのは俺でもわかった。


 


 何かに睨まれた何か、という喩えが初めてしっくりきた。存在の桁が違う恐怖は体から自由を奪ってしまうらしかった。



「二人とも、ちゃんと、跪いて。息を吐いて。大丈夫だから」



 神父様は跪いて拳で体を支えつつ、俺たちを安心させるように言った。護衛の人たちも脂汗をかいていた。


 目に映るのは空に浮いた布という、単に摩訶不思議であるだけの物体なのに、隠された部分には海のように深く恐ろしい闇の予感がしてしまう。

 



 ──これが、七十三代目賢者。




 賢者。


 すべての魔術、職業を統括する最高位の存在。

 あらゆる職業の祖であり、何百年に一回のみこの世に生を受ける彼らが団結して設立した賢者協会は国や冒険者ギルドよりもあるいは上の権力を持つ。




 ここから先、すべての儀式は賢者が憑依したこの依り代によって行われる。



『……あれ、二人だけですか?』



 ローブの奥の闇から、響くような声がした。


 鼓膜に届いた振動だけでなんたる重圧か。


『顔を上げなさい。この私に攻撃能力はないよ。このローブをひったくることだって容易だ』


 語りかけられるような優しい口調でようやく恐怖が和らいだ。神父様にさっき言われた通りに、息を吐く。


 とりあえずは体が動いた。これで──



「ほんとだ」



 顔を上げて見えたのは、すたすたと歩いて賢者のローブをべろんと捲ったハイデマリーだった。

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