第15話 夜食

 顔面蒼白のコリンナさんに連れられてお母様とお父様の下に行き、感染するみたいに二人は顔面蒼白になっていた。


 あれよあれよという間に教会から神官が呼ばれ、治癒術を施してもらい、一通りの出血は止まった。


 神官曰く、打撲多数に腹部に若干の内出血、骨には複数個所ひびが入っていたということ。


 お母様には怒られたし、そのあと泣いて心配された。


 ばつが悪い。怒られるだけならまだしも、愛ゆえのお説教なるものにはさすがに反抗しづらい。いつものお仕置きがなく、単に大人しくしていろと客室のベッドに押し込められてしまった。


 せっかくの凱旋が台無しである。やたら綺麗で居心地の悪いシーツに転がりながら、さっきまでの甘美な冒険を反芻するしかなかった。


 一緒に奥まで行ったヴィム=シュトラウスのことが思い出された。

 彼は無傷に見えたけど、かなり無茶な方法で魔猪ボアを倒したのだ。もしかすると怪我をしているかもしれない。


 コリンナさんの話ではもう仕事に戻ったということだったから、大丈夫なんだとは受け取ったけども。


 やはりお付きの使用人ということもあれば、褒められはしないんだろうとも推測は立った。


 にっちもさっちもいかなくなって、結局外をぶらつくことにしたのだ。


 もしかすると彼に会えるかも、なんて、考えたりして。


「やー、今回ばかりは抜け出すのも手間だったぜ。治癒術なんてもんがあるなら患者を即解放してなんぼだろう。縛りつけるなら料金は普通の治療とおんなじにしなきゃいけねえ」


「……はあ」


「すまなんだ、怒られたかい、お付きだしそりゃそうか」


「いえ、まぁ」


 私たちは草むらにドサッと座って、星を眺めるんだか眺めないんだかの体制になっていた。


 彼はええ、とか、ああ、とか、まぁ、とか、相槌を返してくれている。


 暗くてあんまり表情が見えない。

 嫌がられている感じはしないから、このまま話していていいのだろうかと思う。


 話していていいとは、これ如何に。


 肩にかけている鞄には調達した食料が一揃い。


「確認だが、飯を抜かれたりしてるんじゃないかい?」


「……いえ! そんなことは!」


 露骨な反応だった。

 やっぱりか。


 使用人の人たちが何やら大変そうだというのは知っていたし、私みたいに甘やかされているわけではない、というのはなんとなく察してはいた。幼い頃から尽くしてもらっている身であれやこれや覗き見るのは違うな、というのもなんとなく教えられていたし、自然に思ってもいた。


 けど、これはもう、私の責任だろう。


 用意してきた鞄に手を突っ込んだ。


「よし、じゃあ食うぞ。私もしょーもねえ滋養食で腹がペコペコなんだ」


 二つ、白パンヴァイツェンブロードを取り出す。一つを渡す。私が先んじて齧りつく。


「そういうわけには……」


「んぐっ。いいから。遠慮すんな」


「いえ、さすがに」


「……めんどくせえな」


「ふがっ」


 やり取りが怠くなったので、口に突っ込んでやった。


「ほれ、噛め。もぐもぐしろ」


 ようやく観念して、彼はパンを受け取った。


「……美味しい、です」


「今朝支給されたばかりだからね。ほれ、酢キャベツザワークラウト腸詰めソーセージもあるぜ。私は腹が減っている」


 酢キャベツザワークラウトは瓶のまま、腸詰めソーセージは地面との間に紙を一枚かませて置く。


 彼はしばらくは遠慮してたふうだったけど、そうしている間は責めるような視線を送ってみたらそのうちおずおずと食べ始めた。


 空きっ腹に甘いパンとしょっぱい付け合わせ、といったら暴力的な美味しさだ。私たちはあっという間にパンを食べ終えてしまった。


「まだまだあるぜ」


「……ども」


 おかわりを取り出して渡す。私が自分の分を先に食べておくと抵抗が薄れるみたいで、今度はすんなりと食べてくれた。


 なんだ、やっぱり、こいつも腹が減ってるんじゃないか。


 しばらくは黙って食べていた。


「……美味いな」


「……はい」


 そんな調子である。

 だんだんじれったくなってきた。


 いや、なぜじれったいのか。義理を果たしにきただけなのに。


酢キャベツザワークラウトはいらないの」


「あっ……酸っぱいの、苦手なので……」


「ずいぶん余裕があるなおい」


 また、無言。


「なんであんなに頑張って助けてくれたのさ」


「お付き、なので……?」


「もうちょっとやりようがあっただろ。楽な方が。なんであんなに危ない感じにしたのさ」


「え……その、なんで、ですかね……?」


 ダメだむこうに会話する気がない。


 ああもう、こういうのは性に合わないんだ。筋を通すのはわかるけど機微とかわかるか。


「おい! ヴィム=シュトラウス!」


「ふぁ、はい!」


 一気に向き直って、言った。


 あれ? 言ってない。


 彼は怯えた様子で私を見ていた。な、なんでしょう……? といった具合に。

 つっかえているのは私の方だった。


 ようやく理解したのだ。

 なんだ、私の方じゃあないか、会話する気がなかったのは。


「……ありがとよ」


 零すように言ってみれば、それがきっかけになった。長い間張っていた意地が緩んだ。


「君は私の命の恩人なんだ。だから──、その、なんだ」


 彼はこく、と首を縦に振った。


「明日も、来ないかい。今度は縛ったりしないから」


 言った。


 今度こそ、言った。


 ヴィム=シュトラウスはぽかんとしていた。


 ちょっと沈黙があって、急に、にへら、と笑った。


 そしてすぐに口を押さえた。


「よ、よろしく、お願いします」


 差し出された両手。


 握手半分、単に手を置く半分。


 我ながら不器用な勧誘だった。

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