第38話 退院

 愛用の山刀マチェットを構えて、軽く振り下ろす。

 剣尖けんせんを躍らせながら両手を顔の横に添えるように構えなおし、突きに応用。

 二歩下がってまた構えなおし。

 そのあとは二回三回回って飛んだり跳ねたり。


「……信じられん」


 主治医の先生の反応を見るに、上々のようだ。

 こうして中庭に連れてきてもらうのは骨が折れたが、というかつい最近まで実際に骨が折れていたこともあって大変だった。


 目覚めてから一週間、食べては寝てを繰り返し、昨日からリハビリを再開してここまでの状態に持ってきた。


「あの、先生、どうでしょう」


「ここまで動かれては、留めるわけにもいきませんな」


 よし。


「本当に、痛みはないんですな?」


「……はい、もちろん」


 この病院はフィールブロンでも最高峰の技術を持つ僧侶が集まった病院だ。

 今は馬鹿みたいな入院費を丸ごと【夜蜻蛉ナキリベラ】が肩代わりしてくれている状態で、あまり長い間世話になるわけにもいかない。


 そもそもみんなが相当の心配をしてくれているので、できるだけ早く治したかった。

 少々強引な手段を試してみたけどうまくいったようだ。


「いいですかヴィムさん。やせ我慢は禁物です」


 先生は俺の眼をじっと見つめた。


強化バフがかかっているようには見えませんね……隠されたらこちらも見抜けるものではありませんが」


「そんな、まさか。誤魔化そうなんて」


 してない。今は。

 少なくともちゃんと体は治っている。


「わかりました。信用しましょう。ただし精密な検査を受けていただきますよ」





 病院を出るとカミラさんが待ってくれていた。


 病院があるのはフィールブロンの外れの方。

 彼女の出で立ちは相も変わらず目立つので、並んで歩くとなると人通りが少ないことが有難かった。


 それよりも。


 私服だった。


 カミラさんの、私服である。


 酒屋の女性店員が着るような給仕服ディアンドルではなく、白のシャツに思いっきり大柄な男性用の革ズボンレーダーホーゼンを履いていた。


 執務室でも軽鎧を着ている人だったので、凄い違和感。


「ああ、ヴィム少年」


「……ども。すみません、カミラさんにお迎えだなんて」


「気にするな。【夜蜻蛉ナキリベラ】としても君に敬意を表す手段が足りずに困っているところだ」


「ははは……」


 入院していたときも感じていたが、【夜蜻蛉ナキリベラ】の対応がやたらめったら手厚い。


 医療体制はもちろんのこと、毎日たくさんの人がお見舞いに来てくれるし何か必要なものはないかと執拗なまでに聞いてきてくれたりもして、欲しい本があると零したら次の刻には持ってきてくれた。


「……ヴィム少年、物珍しいのはわかるが、そこまでジロジロ見られるとこちらも気恥ずかしい」


「っ、いえ! 物珍しいとかでは! お似合いです!」


「まあ私も違和感が拭えんのだがな! はは!女物を着るよりはマシだろう!」


 コメントに困る。

 気にしている素振りは一切ないし褒めるところでもないし内心がまったく読めない。返答の難易度が高すぎる。


「その、カミラさんはいつも鎧ですけども、その」


「ん? ああ、そうだぞ。ここ数年鎧以外は着ていない。今回は主治医に、療養期間中は軽い服を着ろと言われてな。なんとか体格に合うものを見繕った」


「なるほど」


 鎧以外着ていないっていったいなんだ。

 寝てるときはどうなっている? 裸か?デッサンをするような風景しか思い浮かばない。


 では行こうか、とカミラさんに言われて歩き出す。


 街から外れた病院への道を逆に歩くことになるわけで、それらしくたくさんの木々が目に入った。


 昼すぎの穏やかな気候が心地良い。


「ヴィム少年、そろそろ所属禁止期間が解けるわけだが、考えてくれたか」


 カミラさんはそう切り出した。


 団長自ら出向いてくれたということは、そういうことだと察してはいた。

 俺はすでに仮団員ではあるが、制度上はまだ確定していない。


「恐らく君には他のパーティーから高額の勧誘が来るだろう。少なくとも月給一万メルクが下限。一万五千程度なら出すパーティーがいてもおかしくない」


 ……さすがに冗談では?


 それは大きなパーティーの大規模調査の費用に匹敵するくらいの月給だ。

 普通の人なら一生暮らせる以上の生活ができる。


 でも、カミラさんの目は本気だった。いつもみたいに逃げたり、笑って誤魔化せるふうでもない。


「【夜蜻蛉ナキリベラ】からはまず二万を提示しよう。それを上回る提示が出た場合はさらに千ずつ上乗せしていく。この提示は君の自己申告のみでも構わない」


「それは、あまりに気前が良すぎでは……? その、評価してくださるのは有難いんですけど」


「何、これでも十分お釣りが来る」


 まったくふざけている様子がない。

 そのせいで俺もどう反応をしていいかわからない。


 うん、まぐれとはいえ階層主ボスを倒したんだから、妥当なのか……?

 妥当な気もするけど、俺だぞ?


 そんな評価が釣り合うとは、いや評価してくれること自体はとても嬉しいけど。


「今すぐ決めろと言っているわけではない。もはや君はフィールブロン全体の財産だ、不平等な条件で囲い込むことはしない。だが【夜蜻蛉ナキリベラ】は君に最高の条件を提示することを約束する」


 あくまで紳士なカミラさんの対応と、提示された非現実的な金額に実感が湧かない。

 どうしても答えあぐねてしまう。


「まあ、結論を急ぐことはない。ゲストハウスにはまだしばらく住んでくれていいし、決まったら是非私のところに来てくれ」


「……はい」


 猶予を与えられてホッとする。


「しかしヴィム少年、これは老婆心だが、これから君に会いに来るであろうパーティーに関していくつか忠告しておかなければならないことがある」


「はい?」


 一呼吸が置かれた。


「具体的に言えば、闇地図等を取り扱うパーティーだな。フィールブロンの暗部、人間の屑どもの巣窟が君を取り込もうとするかもしれん。私が今日君を迎えにきたのは、そのような手合いと一対一で会うことを防ぐ目的もある。君に関する情報は今のところ秘匿したが、恐らく──」


 ふと、カミラさんは言葉を切って前を向いた。

 俺もその視線に合わせて前を向く。



「お誂え向きの奴が来たぞ」



「もー、ずいぶんなことを言ってくれるね、カミラは」



 一人の女性が、道を塞ぐように仁王立ちしていた。



「こんにちは、私はリタ=ハインケス!【黄昏の梟ミナーヴァ・アカイア】のリーダーだよ!」


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