第26話 どんな顔をしている

 圧巻だった。


 カミラさんは一人で、襲いくる何百もの触手を叩き落としていた。


 あれが剣の魔術の真髄。


 大首落としは意思を持っているかのように自在にその大きさと形状を変え、まるで舞うかのようにすべてを切り裂いていく。


 俺の方もかなり無茶な強化バフを強いているはずなのに、カミラさんはまったく崩れない。

 むしろ机上の空論であるはずの動きに到達すべく、この瞬間にも自らを高めてあの階層主ボスと互角に渡り合っている。

 たった一人で、軍隊でも倒せない化け物を食い止めている。


 こんなことができる人間が他にいるだろうか?


 いいやいるわけがない。もはや戦いは神話の英雄の域に入りかけていた。


 これがフィールブロン最強の戦士、カミラさんの全力。



 俺は今、本当に凄い人の下で働いている。



 この時間を無駄にするわけにはいかないと思った。俺たちは指示に従って負傷者の治療と脱出の準備をする。


「ハイデマリー!」


 強化バフを管理しつつ二人の団員を背中に背負って運んでいると、同じく負傷者を背中を担いだハイデマリーを見つけた。

 そうだ、体は小さいけど、こいつは昔から力持ちだった。


「ヴィム。信じてたぜ」


 濃密な時間を過ごしたからか、声を交わすのも久しぶりのように感じた。


「カミラさんの指示だ。援護は不要らしいから、一緒に。えっと、俺も肩持つよ」


「わかった」


 そうだ。俺のやるべきことはこれ。

 カミラさんの強化バフを維持しつつ、みんなと逃げる。


 それだけだ。だけってなんだ。とんでもなく難しい任務だ。


 全力で完遂しないと。


「ハンスさんは無事みたいだけど、隣の索敵二班の状況が悪いみたい。行こう」


「……わかった」


 一緒に足を進める。


 参ったな、体が重い。どうしてかな。

 そりゃ疲れているに決まってるんだけど、そうじゃない。もうちょっと全体的に足が重いというか、そう、これは


 【竜の翼ドラハンフルーグ】のときの感覚だ。思い出した。


 こんなときに何を考えてるんだ俺は。


 余裕なんてないだろう。集中しろ。カミラさんの命に従え。


「ねえ、ヴィム」


 ああもう考えが振り払えない。

 なんでだ? 前はこんなことなかったのに。


 いいや言い訳だ。集中しろヴィム=シュトラウス。

 お前ならできる。今までもずっとそうしてきたんだ。


 ほら、一、二、三でお前はいつも通りだ。考えなくていい。【夜蜻蛉ナキリベラ】の精鋭のみんながついている。


「ヴィム」



 ──よし、一、二、



「おいヴィム! こっち向け馬鹿野郎!」



 ハイデマリーが、叫んだ。



「な、何?」


「君が今、どんな顔してるか教えてやるよ」



 突然、何を言い出すんだこいつは。



「固まってる。そんで半笑い。いつもにへこへこしてたときの顔だ」


「いったい何を」


「逃げるなヴィム。ちゃんと考えろ」


「だから、いったい何を──」



 彼女は足を止めず、しかし俺の心底を貫いたような口調で言う。



「ヴィム、君は今、迷ってるんだぜ」





 躰を熱が走りく。

 私を阻害していた、ずっと渦巻いていたわだかまりが抜けていく。


 まだ上がる。まだまだ上がる。


 触手の数は増える。

 それはつまりみなへの攻撃が減っているということ。作戦通りだ。


 これ以上上げて何をする?


 簡単だ、手数を増やす。増やして増やして、隙を作って、一矢報いる。


 一撃でも通れば血路が開く。


 だから上げろ。

 その瞬間が来るまで全身を早く、速く動かせ。

 まだ動きと感覚にズレがある。


 でも少しずつ近づいている。上がれ。剣を振るえ。上がれ、上げろ、上げろ。


 見え始めた。


 視界の中で蠢くものすべてが見える。


 それに合わせて腕を振る。細かい調整は相棒と一緒に。

 できるだけ一回の振りで多くの触手を斬れ、弾け。


 思い描くするものがあった。


 そうだ、ヴィム少年が泥人形ゴーレム相手に見せた、銀色の花。光速の剣身が見せる残像の芸術。


 あれができるなら、いくらでも近づいていいんじゃないか。


 そう思うと、何かコツが掴めた気がした。


 もう少しだ。確実に近づいている。

 あとは実践。腕を動かして確かめればいい。


 跳んだり回ったり、振ったりを繰り返した。

 ときどき失敗をして飛ばされたが、相棒だけは落とさずに、すぐに構え直してまた振った。


 どれほどの時間が経ったかはわからない。

 多分長いようで一瞬だ。しかしそのときはやってきた。


 攻撃が、来ない。


 それは隙だった。

 感じるのと同時に地面を蹴っていた。相棒は流れるように刀身を膨らませ、気付けば体は空中にあった。



「『巨人狩り』」



 会心の一撃。


 疑う余地もない人生最高の一撃だ。


 威力だけじゃない。最小の予備動作で一連の動きの中で完結する。非の打ちどころがない。

 これで切り裂けないものなどこの世に存在しないと胸を張って言える。


 だが、それは、当たっていたときの話だ。


 階層主ボスはふざけたことに、その馬鹿みたいな体躯を機敏に波打たせて、真横に大きく跳んでいた。


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