第10話 交渉

「あの、カミラさん」


「ヴィム少年か。入ってくれ」


 恐縮した様子のヴィム少年が現れた。手にはなにやら紙の束を持っている。


「あの、これを」


「なんだこれは。落ちていたか」


「はい、……いえ、そうじゃなくて、その、僕の分の報告書です、ギルドに提出するやつです、はい」


「は?」


「あの、すみません。今回金鉱脈が出たので、パーティー外の参加者がいた場合は参加者側の報告者が必要になると思うんですが……えっと、違いましたか」


「いや、違わないが、ああいや、すまんな。ありがとう」


 確かに権利関係が発生する迷宮潜ラビリンス・ダイブにパーティー外の人間が同行した場合、いざこざを避けるために本人署名の提出書類が一つ増える。


 パラパラとめくって見る。

 うん、よく書けている。


 それどころか書きすぎなくらい、というかこれ、ちょっと分けてしまって私が書いた分と引っ付けて全体の報告書にしても問題ない。


 良かった。仕事終わるなこれ。


「いずれ頼むことになっていた書類だな。……しかしこんな細かい規則をよく覚えていたな。君は【竜の翼ドラハンフルーグ】で会計でもやっていたのか?」


「えっと、僕は、その、雑用サポーターでして。できることが少なかったので、いろいろやってました、あはは」


雑用サポーター? どういう役職だ」


「その、戦闘ができないので、雑用と、大型との戦闘以外全部と言いますか」


「全部? 索敵も準備も会計も?」


「はい、この通り、あんまり強くないもので。そのくらいは」


 なんだかよく分からなくなってきた。


 話を盛っているのかこれは。


 いやしかし報告書は問題ないし、実際多様な働きをしてくれたし……とにかく、多数の役職を担っていたということか。



 そうか、これは交渉か。

 自分の価値を知らしめた上で、他でもない団長であるこの私に、自分に付ける値札を尋ねているわけか。



 得心がいった。

 自信のない顔をしている割に食えない少年だ。

 報告書を軽い手土産に持ってくるあたり、長の気苦労もおもんぱかった上での巧みな交渉。


 最初から計算尽くだったわけだ。


「あの……カミラさん?」


「五百でどうだ」


「はい?」


「すまなかったな。あくまで同行とはいえ、ここまでの成果を出したのだ。報酬の話はすぐにするべきだった」


「へ?」


「しかし残念ながら金鉱脈については完全に【夜蜻蛉ナキリベラ】の管轄だから、そこの権利関係から金を出すことはできない。しかし君がうちに入団してくれた暁には、特別手当という形で追加で二千払う」


「……あの、いったい何をおっしゃっているのか」


「む、足らんか」


 確かに、ヴィム少年を今日の働きだけで評価するのは早計だ。


 手の内を隠している節もある。

 特に個人の戦闘能力についてはまだ見せてもらっていない。


 試算する。


 今日だけで一.七倍の地図マップ開拓。団員の安全の確保に、疲労の軽減まで考えて、どこまで払えば赤字になる。


 いや、彼の強化バフが訓練でも使用できる可能性を考えれば、ここで逃すのは惜しい。


 ヴィム少年を見る。交渉などまるで関係がないかのような抜けた顔。


 まったく、とんでもない男だ。


 惑わされるな。考えろ、考えろカミラ。


 彼はあえて手の内を隠した上で、自分を一番高く売れる好機を見計らって来た。


「今日の報酬が七百、入団に際しての特別手当は三千、そして固定給は幹部と同等、月九百出す。もちろん迷宮潜ラビリンス・ダイブごとに別途特別手当を払おう。この最低額は君を抜いた幹部の最低額を絶対に上回る、という規則の下で設定する」


「はい?」


「どうだ」


「え、えっと、そのそういうタイプのご冗談でしょうか?すいません、よくわからなくて、あはは……」


 ヴィム少年はむしろ困惑しているようですらある。

 参ったな、なかなかの好条件を出したつもりだったが、私の相場のカンが古すぎるのか?


「……【竜の翼ドラハンフルーグ】ではどの程度貰っていた? その倍額出すぞ」


 よりいっそうヴィム少年は困惑し始めた。


 そして一通りくねくね体を動かして、恐る恐る指を三本立てた。


「三百か? それなら倍額の六百はすでにさっきの条件で満たされていないか」


「ち、違います」


「何! 三千、か。さすがにそれは……いや、採算を考えれば。にしても君も大きく出るな。そこまで言うなら次の迷宮潜ラビリンス・ダイブで新たな交渉材料を揃えてもらわないとこちらとしても団員に示しがつかないが」


「三十、です」


「は?」


「三十メルクです。僕の月給……」


 は?


 いやいやいやいや、何がしたいんだ彼は。


 冗談か。冗談なのか。


 それは命を懸ける冒険者の給金としては安すぎるぞ。

 働き始めの雑貨屋の町娘でもそのくらいはもらうだろう。


「あの、すいません、僕、いまいち話のセンスがなくてですね、よくわからないと言いますか、【夜蜻蛉ナキリベラ】流かとは思うんですけど、その、へへ」


「いや、冗談ではなく」


「報酬の件については、無理にいただかなくても、その……あっ、自分なりに頑張ったのでいただけたらそりゃ嬉しいんですけども、その、失礼します!」


「あっ! 待て! 待ちたまえ!」


 そそくさと、ヴィム少年は扉を開けて出て行ってしまった。


「……いったい何がしたいんだ、彼は」


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