第4話 歪み
ハイデマリーは得意げな顔をして、グレーテさんはおかしな顔をしていた。
「……自分でも信じられないんだ。そりゃ、その、うん、功名心が湧き上がらないこともないけど、信じられない、って気持ちの方が。他の誰かがすでに十分なダメージを与えてたと思うし。うん、きっとそうだと思う」
「そんな報告は上がってないね」
「……よくこんな話信じられるな、ハイデマリーは」
「そりゃ信じるさ。で、なぜ隠すんだい?」
「その、さすがに倒した本人が【
「クロノスを庇ってるわけか」
「そんな偉そうな感じじゃないって。その、なんというか、俺みたいのがクロノスの今後を邪魔するのは良くないかなって」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせてこそこそと話しだした。
「スーちゃん、本当なんですか。一人で、って」
「……まあ、とにかく本当だよ。パーティー内の会話っていう状況証拠だけだけどね。あと
「ストーカー拗らせて変なことを言い出したようにしか見えないんですが」
「言いたいことはわかるけど、本当にそう見えるかい?」
「……信じがたいですけど」
珍しく意見の一致があったようだ。
「おい牛娘、言ってやれ。この馬鹿、私が何言ったって聞きやしない」
「……はい」
不本意そうな顔で、グレーテさんが切り出した。
「ヴィムさん、
「えっと」
「本当なら、って、疑ってるみたいな言い方で申し訳ないですけど、即褒賞ものですよ。討伐が認められたってことは、証明部位もあったりするのでは」
「ありますけど、いや……でも、本当に偶然なんですって。あの、奇跡を拾い続けられたって言いますか」
「奇跡、ですか?」
「なんていうか、こう、僕の付与術の特質なんですけど、ほら、たとえばグレーテさんは冒険者じゃないし戦闘の訓練はしてませんけど、一万回くらい組み合ったら、ある程度の強豪相手でも一回くらいは一発入れられそうじゃありませんか」
「そういう偶然とか奇跡で済ませられるようなものじゃないのですが……」
「その、クビに関して言えばそれだけじゃないんです。その、実はあんまりクロノスとうまくいってなくて……へへ。クロノスだけじゃなくて、他のメンバーのニクラやメーリスとかともなんですけど。だから、こう、積み重ねが今現れた?みたいな。普通のパーティーだったら褒められることを成し遂げられたと思いますよ、自分でも。でもやっぱりこうなったのは不徳の致すところと言いますか」
クロノスたちの反応はそりゃまあ納得できないけど、俺にもかなり大きな非があるのだ。
俺は積極的にみんなと距離を縮めようとしなかったし、そういう関係を構築してしまった。
それならそれを貫き通すべきだったし、目立ってしまうと不快に思われるのも織り込み済みだった。
「だから、結局のところ僕は」
「認知が歪んでる!」
俺の言葉を遮って、ハイデマリーがテーブルをバン、と叩いた。
「ええい、牛娘、私も
「えぇ……大丈夫ですか、スーちゃん強くないでしょう」
「構うものか! お客様が金を落としてやろうってんだぜ」
「はいはい、一杯入りました〜!」
運ばれてきた
「いいかいヴィム。解雇された原因、もとい君の歪みを説明してやろう。それは認知的不協和というものだよ」
なんの話だ。
「人は相反する認知を抱えたとき、その矛盾をおかしな合理化を図って解決しようとするのさ。狐と葡萄の童話であるだろう、ジャンプしても葡萄に届かなかった狐が、どうせあんな葡萄すっぱいに違いない、って勝手に断定して自分の能力のなさを誤魔化そうとするやつ」
「あったっけ」
「……新手のボケか? ええい話の腰を折るな! つまり狐と同じことをクロノスもやってるんだ。見下していたヴィムが、自分を遥かに超える偉業をやってのけたんだ。この矛盾を解消するためにクズだの役立たずだのを勝手に言って、追い出した。そういう心の動きをあの、なんてったかな、ニクとメーメー? とりあえず、あの売女どもも共有したんだ」
ニクラとメーリスな。売女って。
酔うと口が悪くなるんだよなこいつ。いやでもグレーテさんに牛娘とか言ってるしこんなもんか。
「聞いてるかいヴィム!」
「はい、聞いてます!」
「私が言いたいのは、君の認知的不協和だよ。君もおかしな認知を抱えて訳のわからないことを言っている。むしろそっちの方が問題だ」
……俺の?
「自分は雑魚だ、っていう自己評価と
もう一度
「私に言わせれば環境がゴミクソ悪いけど、ヴィム、君はもうちょっと自分を見つめ直せ」
……はぁ、そういうものか。
俺が頷くか頷かないかくらいで俯いていると、彼女は腰ポケットに手を突っ込みおもむろに一枚の四角い紙を取り出した。
「ほら、私の名刺だ。特別なやつ。これで明日うちの、【
「え、何かするの」
「しばらくうちで働いてみてくれ。体験だ。口利きってやつ」
さすがは【
「いいかい、ヴィム」
ハイデマリーは俺の両肩に手をおいて、視線を逸らさないように、逃げられないように、言った。
「君は、好きに生きなきゃいけないんだ」
*
大きな背中に負ぶわれて、私はゆらゆらと深夜の街を進んでいるようだった。
「……うー」
「お、起きた。歩ける?」
「しんどいかも」
ヴィムの背中だ。こんなふうに運ばれるのも久しぶり。
彼は歩き続ける。参ったな、元気付けようとしたはずなのに、私の方が世話になってしまっている。
「世話焼きだよな、ほんと」
「そうかい?」
「ありがとう。しんどいときに来てくれて、さすが同郷の友。助かった」
彼は遠い目をして、見えないけど、きっと遠い目をしていて、そんなことを言う。とても嬉しい。
「でも、そんなに気負わなくていいよ。ここまで構ってくれなくたってさ」
「……また、その話」
「俺が選んだことだし」
「だから、それはもう関係ないって」
「いや、あるって」
「むしろ気にしてるのはヴィムの方じゃないのかい」
「いいや、ハイデマリーの方だって」
私がずっと指摘することができない、ヴィムのもう一つの認知的不協和。
「だからさ、俺のことなんて気にしないで、ハイデマリーの方こそ自由に生きて、それこそ冒険者人生を全うして、引退したら誰か良い人見つけてさ」
「……もう、まったくわかってない」
私の気も知らずに、彼はそんなことを言う。
「えぇ、わかってるだろ、むしろ」
いいや、わかってないのは彼の方だ。彼はずっと、私の厚意は罪悪感の裏返しだと思ってる。彼はそれに罪悪感を感じてる。その繰り返し。なんて茶番。
「わかってないさ。私の方がずっとわかってる」
「えぇ……なんで」
「そりゃ、だって」
だって私は、ヴィムのことならなんでも知ってるんだから。
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