第59話「船医の正体」

「もう怖い人たちはいないから、出てきていいよ」


 扉を閉めるとベリルがそう言った。お尻をパタパタとはたく。すると、牢の部屋の扉が開いて、わーっと子どもたちが出てきた。


「やったー! うまくいった!」

「すごい! 僕ら、海賊をやっつけたんだ!」


 みんな大はしゃぎである。


 船医の身体を包んでいた大きな布がめくれた。あの赤髪の女の子が、男の子を肩車していた。その男の子は長い棒を持っていた。モップである。そのモップの端に丸めた布がロープでぐるぐる巻きに結ばれていた。

 少女の左右にも別の子どもたちがいて、みんなで協力してモップを握っていた。船医の手の役だった。棒の先に、手術ナイフと革の猿轡がくくりつけてある。

 これが船医の正体だった。地を引きずる声も、子どもたちが、同時に低い声を出してしゃべっていたのだ。


 モップを投げ捨てて、ほかのみんなも部屋へと出てくる。


「こういう作戦だったんなら、先に言ってもらいたかったな」


 ベリルが鼻から息をつく。


「おっと、怖がらせてしまったかな?」


 ジェイドはおどけてみせた。ベリルが肩をすくめる。


「言ってくれていたら、手下を取り逃がさずにすんだかも」

「あの小窓のとこで『船医からもらったアレを貸してくれ』って書いただろ? それで察してほしかったね。兄弟だろ?」

「『猿轡を貸してくれ。船医に化けて脅す』と書けばよかったんじゃない? 語彙力って大事だよ?」


 ふたりが言い合っていると、子どもたちは、二つに折れて床に転がる大工長を取り囲んで、おっかなびっくり見つめていた。


「この人、死んだの?」


 男の子のひとりがそう訊いた。


「ああ。多分ね」


 ジェイドはそう答えた。


「かわいそう」


 女の子のひとりがつぶやいた。


「みんなのことを、殺そうとしていた連中だぜ? それに――」


 ジェイドは肩をすくめる。大工長を見てあごをしゃくってみせる。


「こいつら、みんながみんなして、ミイラみたいにガサガサした灰色の皮膚をしてやがる。こんな人間見たことがあるか? こいつにいたっては、腹がない」


 大工長の腹部は、ぺしゃりとしていて、あるべき内臓が腐れ落ちたかのようだった。背骨に皮膚をくっつけただけのように。


「みんなも気づいていると思うけど、この船の海賊は、ただの海賊じゃないよ」


 ベリルもそう口をはさむ。


「ああ。本当なら今ごろ、墓石の下で苔が生えてるような連中さ」


 ジェイドもそう言った。


「ハ、ハ、ハ、ハ……」


 しゃべっていると、苦しげな笑い声がした。

 大工長が床に倒れたまま顔だけを子どもたちに向けて笑っていた。子どもたちは、悲鳴を上げて、ジェイドやベリル、赤髪の少女のうしろに隠れた。

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