第57話「戦闘 怪腕の大工長戦②」

 大工長は、道具棚から大きな木のハンマーをつかんだ。本来ならば両手で持って使う巨大なハンマーだ。大工長は、それを片手で軽々とつかんでいる。


 ジェイドが手にぶら下げる武器を見て、不敵に笑った。


「その辺に転がっていた聖なる石をボロ布に包んでロープで結んだのか。考えたじゃないか」


 聖なる石とは、甲板を掃除するための四角い石だった。手下がけつまずいたレンガのようなあの石である。その石を使って、床を削るように磨くのだ。ちょうど聖書と同じような大きさのため、聖なる石と呼ばれている掃除用具である。


 奥の部屋にあった使い古された帆布はんぷの切れ端とロープと聖なる石で、ジェイドは、即席の武器を作ったのだ。


「ほら、どうした? 来いよ?  怖いのかな、坊や?」


 大工長は、完全にジェイドをおちょくっている。ときどき、急に拳をぐっと振り上げて殴る真似をして近づき、また離れを繰り返す。ビビらせようとしているのだ。


 だが、ジェイドは動じなかった。聖なる石をブンブンと振り回しながら、ここぞというチャンスを待っていた。

 この武器は、一度、投げ放したらたぐり寄せないといけない。つかまれたら終わりだから慎重にならざるを得なかった。


 先に仕掛けたのは、大工長だった。両手持ちのハンマーを片手で横殴りに振り回す。ジェイドは、うしろに飛びずさり、がら空きになった大工長の顔面にロープを放つ。


 鈍い音がして、聖なる石は、大工長の額に命中した。だが、大工長には効いていないのか、そのまま、おかまいなしに大きく一歩踏み出すと、腕をのばし、ジェイドの胸倉をつかんだ。


「捕まえたぞ」

「くっ!」


 左腕でジェイドを捕まえたまま、乱暴に引き寄せ振り回す。反動で、ふたりの位置が入れ替わり、ジェイドは大工長たちが飲み食いしていたテーブルに押しつけられた。勢いのままに、大工長がハンマーを振り上げる。


「ジェイド!」


 出入り口を守っていたベリルが思わず叫ぶ。


 ジェイドは、大工長の一撃が来る直前に、テーブルに片足をかけて大きくジャンプした。そしてもう一方の膝で、大工長のあごに蹴りを入れる。


 大工長は、くぐもった声を漏らして、たまらず、ジェイドをつかんでいた手を離した。ジェイドは、空中に放り出され、背中からテーブルに落ちてしまった。上に乗っていた酒瓶やら骨やらサイコロやらがばらばらと床に転がる。


 気を失った手下の顔に、テーブルに転がった酒瓶から酒がどぼどぼと引っかかる。手下は、顔をゆがませた。


「よくも……。このガキャー!!」


 いよいよ怒った大工長が、ハンマーを両手で持って頭上にふりあげた。本気だ。


「!!」


 テーブルの上のジェイドに思い切り振り下ろす。そのスピードに、ジェイドも驚く。あと一瞬でも遅れを取っていたら、まともに食らっていただろう。なんとか転がって、床に尻からべしゃりと落ちた。


 ハッとして大工長を見上げる。すでに追撃を加えんと、ハンマーを振り上げ、今まさに振り下ろそうとしていた。


「待った!!」


 思わずジェイドは、尻もちをついたまま、バッと手を突き出した。


「!?」


 大工長が動きを止める。


「君は船長かね? 大工長 殿。捕虜をどうするかは、船長の権限で――」

「ふんっ!!」

「ちょっ! 聞けよ、コイツ!」


 問答無用で、大工長がハンマーを振り下ろしたのだ。ジェイドは、あわてて転がって逃げる。

 雷鳴のような音がして、床にハンマーがめり込んでいた。


「お前は、儀式用のガキじゃあねぇ。おまけにガキにしちゃ、歳も食ってるし、役には立たん。そもそもが、ただのネズミだ。頭をつぶしても、船長も文句は言うまい」


 言いながら、大工長は、ふたたびハンマーを振り上げた。


 やられる――っ!


 ジェイドがそう思った時だった。


 キ・ラ・セ・ロ……。


 どこかから、床を引きずるような声が聞こえてきた。

 大工長が、びたりと動きを止める。目の前の大きく開いた窓を見やった。窓の奥は闇。


「「「キ・ラ・セ・ロ……」」」


 部屋中に反響する不気味な声。地の底から這いあがるような声だ。

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