第27話「隠れ穴の住人」

「まってね。ぼくも明かりをつけるから」


 男は、声を弾ませてそう言うと、マッチを擦って燭台しょくだいのロウソクに火を灯した。


「ホラ。これでもっと明るくなったでしょ」


 ふたりを見ると、うれしそうに笑う。その様子をジェイドとベリルは、呆気にとられて見ていた。


 男は、穴が開いたボロボロの服の上から、薄汚れた毛布を羽織っている。同じような身なりの人間を航海中に見たことがあった。


「まさか、こんな船にも密航者が乗っていたとはね」


 肩の力が抜けたように、ジェイドは言った。


 ルミエール号での航海中のことだ。その密航者は、どこかの港で商船に紛れ込み、数カ月もの間、船内に潜伏していた。見つかった時は、いま目の前にいる男と似たような恰好になっていた。


「おじさん、どうやってこの船に乗ったの?自分から進んで乗り込んだんじゃないよね?」


 ベリルが問うと、男は「うん」とうなずいて、明るい茶褐色の瞳をベリルに向けた。


「ずっと昔に、あいつらに捕まっちゃったんだ。どうにか逃げて、それ以来、ここに隠れてるんだ」

「ずっと隠れ穴に!?」

「うん。お兄ちゃんたちは?お兄ちゃんたちも捕まっちゃったの?」

「お兄ちゃんて……。おじさん、いくつなの?」


 困惑したようにジェイドが訊く。

 彼は、何歳くらいなのだろうか?もしかすると意外と若いのかもしれないが、伸び放題の茶色い髪と髭、やせこけた身体は、実際の年よりずいぶんと老けた印象である。その一方で、彼のしゃべり方は、ふたりよりもずいぶんと幼いのだった。


「ぼく?連れてこられたときは八歳だった。今は……」


 男は、自分の身体を見て、顔をペタペタと触った。


「ね?ぼく、いくつだと思う?」


 少年のような眼差しで瞳をまたたかせている。にわかには信じられないが、嘘をついているとは思えなかった。




 少年のような男は、ジェイドとベリルに会えてよほどうれしいらしい。


「ちょうどお腹が空いたところなんだ。とってもごうかな料理だよ。いっしょに食べようよ」


 ウキウキしながら、隅っこから欠けた皿を二枚出すと竜骨の上に並べた。それぞれの皿に、食べ物を並べていく。


「ビスケットに干からびかけた燻製肉……。どこが豪華だか。見るのもウンザリってくらいに食べ飽きてる」


 皿に乗ったものを見て、ジェイドはもらした。


「これだけじゃないよ?今日はね、もっといいものがあるんだ」


 彼は、そう言うと、もったいぶってふたりの前に手を突きだした。


「じゃーん!新鮮なレモン。さっき手に入れたんだ」


 それを見て、ジェイドとベリルは黙って顔を見合わせる。


「これって……」

「イルドラ産のレモン。俺たちの船からの略奪品だな。泣けてくるね」

「どうしたの、ふたりとも?はやく食べようよ」


 男から無邪気にそう言われて、ベリルは困ったように笑った。竜骨に腰掛けると、ジェイドを見て言う。


「僕らも食事にしよう。考えたら、僕たちも夕食がまだだった」

「食える時に食う。生きるためには必要なこったな」


 ジェイドも、床に腰を下ろす。ベルトポーチから、紙包みを取り出した。開けると二枚のチーズサンドビスケットが出てきた。

 ベリルも、布バッグから小さなオレンジを二個取り出した。


「わぁ、おいしそう。今日は、ほんとうにごうかな夕食だなぁ」


 男は、そう言って目を輝かせた。

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