第2話「確定現象と未確定現象」

「SOS...ラザファクシマイル18か。ラザファクシマイルは分かる。しかし、18とは一体何を表しているのだろう。暗号?それとも座標?」


「う〜ん。まるで分からないや。」


僕はプロジェクターを起動し、ラザファクシマイルの地図を壁に投影した。ラザファクシマイルは、僕の自宅から約10Km離れた場所にあり、半径1500m程度の円形の人工島だ。


壁一面に映し出された地図は、およそ1/2000に縮小されている。しばらくの間、目を細めて地図の細部まで追ったが、『18』に関係がありそうな建造物や工場名などは見当たらなかった。


「よし...ラザファクシマイルへ行こう。」


昔から謎解きや推理といった類のものはあまり得意では無い。しかし『分からない』事は絶対に放っておけない性質なのである。解決しないとムズムズしてしまう。こうなったら実際に行ってみて確かめるしかなかった。


ひとまず、割れたマグカップの破片を手で拾い上げ、これを引き出しの中へと仕舞った。捨ててしまっても良かったのだが、何故か割れた破片に魅力を感じてしまったので捨てるのはまた今度にする。明日でもいいし明後日でもいい。


僕は手指を櫛の代わりにして、くるりと丸くなった前髪を解いた。そして、椅子に掛けていた深緑のコートを丸めて脇に抱える。コートのポケットには、マグネティックバイクのキーが入っている。一通りの身支度はこれで完了だが、忘れてはならないのが缶コーヒーとチョコビスケットだ。


出発の準備を終えて、外へ出る。もの凄く寒かったので、急いで抱えていたコートを着る。それでも寒い、なんて寒さだ。雪は僕が歩くのに合わせてギシギシ鳴いている。この寒さの中バイクを走らせる事を想像すると、少し気が滅入ったが、仕方なくガレージのシャッターを開き、マグネティックバイクを起動する。


そしてバイクに乗り込み、前髪を掻き上げてからゴーグルを装着する。バイクの速度と目的地を入力し、自動運転モードで発進した。


街はすっかり冬を纏っており、外を歩く人間は誰もいない。薄暗くて閑散としている、まるで時間までもが冬によって凍らされたかのようだが、それでも確かに時計の針は1秒を記録し続けている。


バイクで湾岸沿いの道路を走っている。5分くらい経過しただろうか、目的地まではあと少しのところだ。僕が今走っている所からでもラザファクシマイルは見えてきていた。ラザファクシマイルへ入島するためには、レザス橋を渡って行くか、船に乗って行くしか無い。


「本当に寒いな...」やはり、冬にバイクはひっきりなしに寒い。頬も感覚を失いつつある。とにかく早く、あの謎のSOSが何なのかを突き止めたかった。


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レザス橋を渡って、マグネティックバイクを自動運転モードから手動運転へシフトし、先ずは右折した。


右折してすぐ灰色の工場が3〜4棟並んでいるのが目に入った。何の工場かは分からなかったが、煙突がありモクモクと煙を発生させている。おそらく金属に熱を加える際に発生する蒸気か、ボイラーの煙なのだろう。他にも煙突がある工場はいくつも見られた。


バイクをしばらく走らせるも、人の姿は見られない。何だか不気味だった。まぁ工場で働く人間は、多くがメカのメンテナンスやシステム管理のためだけなので、人が少ないのも無理はない。今ではシステム管理も管理会社に委託し遠隔管理というのが主流になってきているので尚更だった。


世の中も、どんどん合理的で効率化を押し進める方向へと向かっているが、人々の活力は低下していっていると思う。以前、ラジオで世界各国の若年層の自殺率が年々上昇していると言っていた。これが事実なら、世の中の利便性が進歩するにつれ、人々は怠慢を覚え、無気力に襲われ、どんどん自殺者が増えるだけなのではないか?そのようにして出来た空席にロボットやその他のテクノロジーが代替していく。では一体何のために人々は利便性を求めるのだろうか?僕には人間の衰退と技術の発展が比例の関係にあるように思える。利便性を求めるのは決して悪ではないが、不便という適度なストレスを感じることも生きていくうえでは弾みになるし、抗力が得られる。少なくとも僕はそう思う。


そんな事を考えながらバイクを走らせたていたら、もう間も無く島を一周してしまう所だった。寒くて、指先も既に思い通りに動いてくれなかったので今日は一旦帰ろうと思い、レザス橋を右折しようとした時...


『ドンッ!!!』


後方から大きな衝撃音がした。僕は驚いて転倒した。右肘が地面に激しく叩きつけられた。後方を振り返ると、黒くて大きな...2mくらいはありそうな何かがこちらへ物凄いスピードで向かってきている。慌ててバイクを起こす。バイクは転倒により、橋とは反対方向、つまり島へ入る方向を向いていた。バイクを手で押して、方向転換していたのでは間に合わないと思ったので、とにかく島の中へと猛スピードでバイクを走らせた。


「なんだあれは?」


もう肘の痛みすら感じない、ただひたすら心臓が大きく波打っている。血液が全身を激しく流れているのが分かる。恐ろしい。得体の知れない何かが僕を襲ってきた。もうあのSOSが何なのかなんて殆どどうでも良くなっていた。とにかく早く帰りたい。


後ろを振り返る。まだ黒い何かが追ってきている。どうやら奴もこのマグネティックバイクには追いつけないようだが...しかし厄介だな。この島を出るにはレザス橋を渡るしかない。もし橋を塞がれてしまったら?考えただけで恐ろしい事態だ。海路を選択するにしても、泳げない僕にはまず不可能であり、この寒さならほんの数分で必死だろう。


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とにかく、バイクを走らせながら打開策を考えた。今のところ奴の姿は見えない。上手く巻けているようだが...


僕を乗せたバイクは数分前から同じところをグルグル回っていた。延々と円を描くようにグルグルグルグルと。


「グルグル...延々と円をグルグル...メビウスの帯のように」何となく呟いてみた。


「メビウスの帯?待てよ...あの『18』の『8』というのは、もしやメビウスの帯を表しているのではないか?表と裏が確かに存在していて、しかも表も裏も無い。繋がっていないようで繋がっている。」


「だとすると『1』は何だ?もし、『18』という数字がこの島の形状を表しているのなら『1』は位置か?いやいや、それは愚直。もっとこう...島全体を図形的に幾何的に考えるべきなんだ。」


「『8』を立体的に考えればメビウスの帯が想起される。では、『1』を立体的に考えると...そうか、棒か。それしか無い。『1』は数字では無い。棒、それもどちらかと言えば軸だ。Y軸を表しているんだ。」


我ながら支離滅裂な思考回路だったと思う。状況を考えれば、仕方ないが。だが、それなりに筋の通った憶測だと思った。この島は円形で『18』という数字がこの島の地上階と地下階を表している。○と○を上下に繋げれば『8』になるし、『8』を輪と輪の交点で折りたためばこの島の形状と同じ『円』になる。立体位的に考えればそれはY軸のつまり『1』と考えられる。この島には、地下階が存在するはずだ。


「どうする、黒い奴から逃げながらでもSOSの発信元を探すべきか?怖い。すごく怖いけど、諦めたく無いんだ。行くぞコノハ・イサム!」


僕は決心した、もうどうでも良かったけど、どうせなら最後までとことん突き止めてやる。


その決心も束の間に、爆発音が島の中心部で鳴り響いた。僕は島の端の方にいたので何が起きているかは分からなかったが、爆発による空気の歪みは感じられた。


爆発から数秒後、バイクのナビから掠れたノイズが聞こえてきて、しばらくすると、ノイズは消えた。そして突然に女の声が聞こえてきた。


「そのまま真っ直ぐ進んで。そして、3つ目の曲がり角で左へ進む。そこからさらに真っ直ぐ進めば地下へと続く通路があるから。ロックは”MOBIUS"で解除されるわ。」


「え!?ちょっと待って!君はそこにいるのか?」


「..........ッ」


ナビからはもう声は聞こえない。だけど今の声は確かにあの声だ。とにかく、不安なんだけど言われた場所へ向かうしか無かった。でも、ロックパスがMOBIUSであったことは、嬉しかった。


そのままバイクを直進させ、3つ目の曲がり角が見えてきた。あそこを曲がれば、地下に行ける。ハンドルを切る、そして直真。


一瞬見間違えたかと思った。しかし、僕の視覚野は正確に機能していて、しっかり認識できている。奴だ。黒い奴がいる、こっちに向かってきている。最悪な展開だった。


逃げたい。このまま本当に死んでしまうと直感で理解していた。






登場人物


コノハ・イサム:分解屋で機械生命体論者。


スイ:NoDate...

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