天才様の唯物論
上海X
プロローグ
「……ん? 開いてる……」
鍵を回したのにも関わらず、感触がないことに少し驚きつつも、すぐに気付いて肩を落とした。
春風が涼しく肌に触れる頃の夕暮れというものは、どことなく感傷的になりがちにするのは気のせいだろう。
冷めた溜め息を吐きつつもドアをゆっくりと開けた。
「ふ、
「はいはいただいま。そして愚姉よ、とりあえず服を着ろ」
「
部屋に入るなり眼前に現れたのは下着一枚の姉。口にはビスケットらしきものを咥えている。服は床へ放り出されていて、仕事終わりかソファに仰向けで寝ており脱力気味だった。
時刻は午後六時。春先のせいか、外はまだ少し明るい。
俺は机へ荷物を置き、早々とキッチンへ向かった。
成人ともなればアパートに部屋を間借りし自炊もする。が、こちらの愚かな姉は突然部屋に転がり込んで居候を始めていたのだ。
そしていつしか俺の抵抗は威力を削がれ、今ではこのように諦めきっている。
「夕飯作るからちょっと待ってろ」
「うんー、んむっ。また何か貰ってきたの~? 相変わらず懲りないねぇ」
ビスケットを喉に通し終わると、懲りない饒舌はこちらへ回った。
伸びをしてソファに座り、テレビのリモコンをポチッと。
「つまらない轍を踏むより新雪を踏む方が俺はマシだと思ってるよ」
社畜の姉貴を少し下卑るように発言するが、当の本人にはノーダメージ。
姉貴は机の上を片付けている最中に、俺の置いた荷物を手に取った。
すると封筒の糊付けされた口を開け、札の枚数を数え出す。
「えーっといくらいくら……また十万円?」
「と、そこのトロフィー」
「二十歳越えてゲームで稼ぐとは我が弟ながら妙手に走ったもんだ……」
「うるさい。さっさと片付けてくれ」
「はいはい」
咲は机を片付けてテレビを見やる。そこには偶然、俺が写っていた。
今、姉貴の手にしているトロフィーを持った、自分でも涼しげだと思うようなゆるく微笑んだだけの顔で。
『【ゲームの天才】 神藤
画面は見ずとも、自分の名前が画面の向こうから呼ばれたら分かってしまうものだ。
思わずシラフで姉に指示した。
「咲、変えろ」
「えぇ可愛い可愛い弟の輝いてる姿をこの眼で見たいというのに駄目というの───」
「さっさとしろっつーのっ」
怒っているわけではない。
いや、姉貴の反応には苛ついてはいた。が、だ。
番組を変えた姉貴は夕飯を待ちつつ、あっ、と思い出したように俺へ要件を伝えた。
「そうそう。知り合いがねぇアンタをスカウトしたいんだって」
「スカウト? どこかの専属ならお断りだが」
「あー違う違う。教師の」
「……??」
きょとんとしていただろう俺の顔を見つつ、悪魔のような笑みを浮かべて長い封筒を差し出した姉貴はさらに加える。
「ちなみに、拒否は認めないんだってさ♪」
「なんの冗談だよ。クソ姉貴に職を斡旋させられるなんて……」
「ま、いつもみたくゲーム感覚でいいんじゃない。アンタにうってつけの仕事だろうし」
作り終えた料理を運び、封筒を一瞥だけし放置。
作ったらモノは早く食べないと不味くなるからな。大方そういう勧誘の類は全て断っている質でもある。よって今は夕飯を優先させた。
「で、うってつけってのはどういうことだ?」
「さてね~。ま、頑張れ~♪ 『ゲームの天才』」
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