5-3 蝶とゲームセンター
それから、汰一と蝶梨は様々なアーケードゲームで遊んだ。
臨場感のあるカーレーシングや、曲に合わせて太鼓を叩く音ゲーム。
ボタンとレバーで技を繰り出す格闘ゲームに、バスケットボールのシュート数を競うスポーツゲーム。
その全てを、蝶梨はとても楽しそうに遊んでいた。
時折見せる子どものような笑顔に、汰一は心を奪われる。
しかし自分自身もまた、童心に帰ったように夢中で笑っていることに気が付き……
こそばゆいような、温かいような気持ちが、胸の中にじわりと込み上げた。
「──ふぅっ、楽しかったぁ!」
階段の踊り場にあるベンチに座り、蝶梨が満足げに言う。
その手には、今しがた自販機で購入したスポーツ飲料が握られている。
一通り遊び終え、少し座って休憩することにしたのだ。
汰一もその隣に座り、買ったばかりの炭酸飲料をプシュッと開ける。
「楽しめたようで良かったよ。にしても、さすが彩岐だな。どれも初めてのゲームなのに、すぐにコツを掴んでいた」
と、彼はゲームに打ち込む蝶梨の姿を思い出す。
勘の良さと、ゲームの特性をすぐに把握する理解力。そこに高い集中力が合わさって、初めてとは思えないパフォーマンスを発揮していた。
最初にやったシューティングゲームでは真剣さが空回りした場面もあったが、彼女は何をやっても人並み以上に
隠しきれないスター性とカリスマ性。
これが、神の加護を受けた『神さまのたまご』の力なのか……
そう考えそうになるが、汰一はすぐに脳内で否定する。
何故なら、汰一の目に映る蝶梨は、真面目で素直な努力家だったから。
神々の
一人納得する汰一に、しかし蝶梨は首を横に振る。
「ううん。刈磨くんがやっているのを見て真似しただけだよ。どのゲームもすごく上手だからびっくりしちゃった。すごいね」
思いがけず賞賛され、汰一はパタパタと手を振る。
「いやいや。俺はただ経験値があるだけで、別に上手くはないんだよ」
「経験値? 普段からよくゲームセンターに通っているの?」
「中学時代に少しな。高校に入ってからは全然」
「そうなんだ。ゲーム好きなお友だちがいたとか?」
「いや、いつも一人で行ってた」
そう答える汰一に、蝶梨が「え……?」と聞き返す。
その瞳が、訳を知りたがっているように真っ直ぐ自分を貫くので……
汰一は「あー」と天を仰ぎ、当たり障りない程度に事情を話すことにする。
「中学一年までは剣道部に所属していたんだけど、いろいろあって二年で退部してさ。そっから暇な時間が増えたから、近所のゲーセンに通うようになったんだ」
当時のことを思い出しながら、汰一は苦笑する。
「ほら、俺って昔から不運体質だったから。『一緒にいると良くないことが起きる』って、同級生から気味悪がられていたんだ。だから、
言いながら、結局暗い話になってしまったことを後悔する。
すぐに謝って話を変えようと再び口を開くが……それよりも早く、
「じゃあ……幼稚園時代からの腐れ縁だって言っていた平野くんは、本当に良い友だちなんだね」
と……
蝶梨が、一切曇りのない声で、そう言った。
その言葉に、汰一は思わず面食らう。
それは……紛れもない事実だったから。
いつもなら「アイツなんて」と否定するところだが、蝶梨の前では照れ隠しも通用しないような気がして、汰一は素直に肯定する。
「……あぁ、そうだな。アイツは昔から、怖がるどころか俺と一緒に不運な目に遭うことを楽しんでいた。俺が距離を取ろうとしても、『汰一といると退屈しないから』って離れてくれなかった。ほんと、変なヤツだよ」
……そう。
いつも飄々として、掴みどころがなくて、自分のことはあまり語らない。
そんなんだから、普段は嫌味を言い合ってしまうが……
俺の不運を楽しんでいるようで、本当は誰よりも気にかけてくれてくれている。
忠克は、そういう存在だ。
「アイツがいなかったら、俺は……とっくに潰れていたかもな」
独り言のように発したその言葉に、蝶梨は「そっか」と、微笑みながら返した。
「……悪い、なんかしんみりしちゃったな。何にせよ、アイツのおかげでゲーセンに来ることができたんだ。せっかくだから、下のクレーンゲームも見てみないか?」
気分を切り替えるようにスッと立ち上がる汰一。
蝶梨は嬉しそうに顔を輝かせて、「うん」と頷いた。
──アーケードゲームを楽しんだ二階から、階段を降り一階へと向かう。
入店した時にも見たが、一階には箱型のクレーンゲーム機がずらりと並び、様々な景品が獲れるようになっていた。
誘ったはいいものの、彼女が興味を惹かれるような景品が果たしてあるのかと、汰一は心配になる。
……まぁ、当たり障りないものをいくつかやって、『ときめきの理由』のヒントが得られないか試してみるか。
と、汰一が景品を眺めていると、
「あ、あれは……!」
突然、蝶梨が声を上げ、スタスタと早足で歩き始めた。
驚きながら、汰一がその後に続くと……
蝶梨は、一つのクレーンゲーム機の前でぴたりと足を止め、ガラスケースの中を覗き込み、
「やっぱり『ぶたぬきもち』だ! こんなところで会えるなんて……!!」
……と。
景品のぬいぐるみ──たぬきの着ぐるみを着た、アンニュイな表情のブタのキャラクターを見つめ、興奮気味に言った。
汰一は……何度か
「……知り合いか?」
「えっ。刈磨くん、『ぶたぬきもち』知らないの?! いま一部の中高生の間でじわじわと人気を集めている"ゆるキャラ"だよ?!」
『一部の』、『じわじわと』、と言っている時点で知名度としてどうなんだ……? と思いつつ、その興奮度合いを見るに、
「……好きなのか? このキャラクターが」
そう推察し、尋ねる。
蝶梨は、ぴくっと身体を震わせてから、
「う、うん……前から可愛いなぁって思っていたんだけど、私には似合わないでしょ? だから、誰にも言えなくて……」
……まぁ確かに、このブタだかたぬきだか餅だかわからないフォルムと、何もかもを諦めたような気怠げな表情を『可愛い』と称するのは意外でしかないが……
こういうキャラクターに興味を持つあたり、彼女の内面は想像以上に少女らしいのだろうと、汰一はいじらしく思い、
「……よし、獲ろう」
財布を取り出し、硬貨を投入した。
蝶梨は「えっ?!」と声を上げ、慌てて制止する。
「い、いいよ! 刈磨くんにお金使わせるわけいかないし……!」
「でも、好きなんだろ?」
「それは……」
「………………」
「…………好きだけど」
「じゃあ獲ろう」
「せ、せめてお金は払わせて!」
「いや、これは俺がやりたくてやるんだ。俺もこの『ぶたきむち』が欲しい」
「『ぶたぬきもち』だよ!」
「とにかく、これは俺の分だから。彩岐も欲しかったら、俺の後にやればいい」
有無を言わさずゲーム機に向き合い、汰一はボタンの操作を始める。
アーケードゲームほどではないが、汰一にはクレーンゲームの経験もそこそこあった。
ぬいぐるみの景品を獲る方法は、大きく分けて二つ。
一つは、首などのくびれている部分をアームで挟む王道な方法。
そしてもう一つは、ぬいぐるみに付いているタグの輪っかにアームを引っ掛けて釣り上げるという裏ワザ的な方法。
いずれにせよ、アームの強さを見極める必要がある。
初手は様子見で、まずは王道な方法を試すとしよう。
汰一は矢印ボタンを順番に押し、『ぶたぬきもち』の真上へアームを移動させる。
狙い通り、二本のアームはパカッと開きながら降下し、『ぶたぬきもち』の首のあたりを掴んだ。
……その瞬間。
「はぅっ……」
蝶梨が、小さく声を上げる。
が、店内に響く電子音にかき消され、汰一の耳には届かなかった。
アームに首を挟まれた『ぶたぬきもち』は、そのままぶらんと空中に持ち上げられる。
しかし獲得口へと運ばれる途中で、重力に負け落下した。
その一部始終を……蝶梨は口を押さえながら、食い入るように見つめていた。
「お。案外アーム強いな。これならいけそうだ」
次の硬貨を投入しながら汰一が言うので、蝶梨は慌てて口から手を離し、
「す、すごい。刈磨くん上手だね。もう少しで獲れそうだった」
平静を装いながら、そう答える。
汰一は彼女の方を見ないまま、再びアームの狙いを定め、
「それほどでもないよ。この店の設定が良心的なだけだ」
ボタンを押しながら、謙遜するように言った。
自分の真横で、今まさに蝶梨が興奮を募らせていることに気付かないまま……
汰一はもう一つのボタンを押し、再びアームを降下させた。
柔らかな首に食い込む、鋭利なアーム。
「んっ……」
首を締め付けられたまま宙に持ち上げられ、ぶらぶらと運ばれ……
「あっ、あっ……」
ぼよんっ、と床に叩きつけられる。
「はふぅ……っ」
口を押さえ、蝶梨は必死に声を抑える。
「(こんなの……"絞殺"と"首吊り"と"落下死"のよくばりコンボだよ……っ。嗚呼、刈磨くんに振り回される『ぶたぬきもち』が羨ましい……今すぐ『ぶたぬきもち』になりたい……っ)」
……なんてことを考え、蝶梨が悶絶していると。
数回のトライの後、ついに『ぶたぬきもち』が獲得口へと落下した。
「ふぅ、獲れた」
汰一は安堵の息を吐きながら、『ぶたぬきもち』を取り出す。
蝶梨はハッと正気に戻り、手を叩いて、
「すごい、本当に獲れちゃうなんて! うわぁ、こうして見るとやっぱり可愛い……私も頑張って獲ってみる!」
と、さっきまでハァハァしていたことも忘れ、『ぶたぬきもち』のぬいぐるみを夢中で見つめる。
しかし汰一は、しばらくそのぬいぐるみをじっと眺め……
「うーん、やっぱり俺の部屋に置くには可愛すぎるかな。ということで、これは彩岐に譲る」
と、棒読みなセリフを述べてから、蝶梨にずいっと差し出した。
彼女が驚いたように「え?」と聞き返すと、
「……おみやげ。今日の記念に持って帰ってくれ」
そう言って、照れ臭そうに微笑んだ。
初めから彼女に渡すつもりで獲ろうとしていたわけだが、少々わざとらしすぎたかもしれないと、汰一は少し恥ずかしくなる。
しかし……
ぬいぐるみを受け取った彼女が、瞳をキラキラさせながら、それをぎゅうっと抱きしめて、
「……ありがとう。本当に嬉しい。ずっと大切にするね!」
今日一番の笑顔見せながら、嬉しそうに言うので。
汰一の心は、羞恥心を忘れる程の幸福感に満たされた。
* * * *
『ぶたぬきもち』を獲得した後、二人はそのまま一階をぐるりと見て回った。
"シューティングゲームをする"という当初の目的は果たした。
彼女の好きなぬいぐるみもゲットした。
これ以上、ここに留まる理由はない。
だが、このまま解散してしまうのはもったいなくて….…
"一緒にいる言い訳"になりそうなものを、必死に探していた。
そしてそれは、蝶梨も同じだった。
彼とのこの時間が、とても楽しくて、幸せで……
ずっと終わらなければ良いのにと、当てもなく店内を歩き回っていた。
何か……何か、この時間を終わらせないためのきっかけを作らなきゃ。
そう思いながら、蝶梨が周囲を見回す……と。
「……ん?」
その瞳が、あるものを捉えた。
それは店内に貼られたポスターで、四階にあるプリクラコーナーの案内だった。
フリルいっぱいのメイド服や、タイトなナース服を着たモデルの写真が目を引く。
その写真の下に、『コスプレ衣装各種、無料貸出中!』という文字がでかでかと躍っていた。
どうやら衣装に着替えてプリントシールの撮影をすることができるらしい。
足を止めた蝶梨に気付き、汰一もポスターを覗き込む。
「へー、こういうのを着てプリクラ撮れるのか。すごいな」
と、何の気なしにコメントするので、蝶梨は「そうだね」と小さく返す。
そして、しばらくの沈黙の後……
「……可愛いなぁ」
ぽつりと、さらに小さな声で呟いてから。
意を決したように、汰一の方を振り返り、
「……刈磨くん。私、これ…………着てみたい、かも」
そう、緊張した表情で、真っ直ぐに言うので。
汰一は、ぽかんとしてから、
「…………へ?」
情けなく開いた口から、気の抜けた声を発した。
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