第24話 こんなに気持ちいいなんて知りませんでした 3

 ベッドの上で、ラディスと体勢を換えたレイラは、手の平で温めたマッサージオイルで、ラディスの足首をつかんだ。


「まだ、終わってないぞ」


 不服そうにぐっと眉間にしわを寄せたラディスをまあまあと、なだめながらうつぶせに寝かせて、足のマッサージを開始する。


「初めてしたとは思えないほど上手でびっくりした! いやあ、本当に気持ちよかった!」


 負けていられないなと思いながら、レイラは大げさに褒める。


 実際、気持ちよすぎて、これ以上は耐えられなかった。


 マッサージはされるよりもする方が圧倒的に多いレイラだが、数少ないマッサージの中でも、こん

なに気持ちよい思いをしたことはなかった。しかも足だけで。


 これ以上されたら、色々と危険な気がする。


 レイラは小さく首を振って、目の前のことに集中することにした。


 ラディスはガウンを着ているので、足はすぐにマッサージできる状態だった。


 最初の日に、普段は裸で寝ると聞いて断固反対して暴れたら薄手のガウンを着てくれるようになったのだ。


 恐る恐る言ってみたのだが意外とあっさり願いを聞き入れてくれた。


 レイラはラディスの足をしたから上にさするようにして圧をかけてマッサージをしていく。


 うつぶせになったラディスのヒザ裏をぐっぐっと押すと、ラディスの足が一瞬だが、そわそわと動いた。


 これは、気持ちいいんだな。


 レイラは嬉しくなって、もう片方の足も同じようにふくらはぎを手でなでていく。


 ラディスは枕に顔を押し付けて声を殺している。


「声、我慢しなくていいのに」


 ところが、ラディスはかたくなに枕から顔を上げない。その様子がなんだかかわいく見えてしまい

レイラは少し意地悪をしてみたくなる。


 ラディスの表情はわからないが、押し殺した声は漏れてくるし、体は正直だ。


 体と声の反応を見ながらレイラは、ラディスの下半身を念入りにケアしてしまった。


「今日は、足だけでいい」


 ラディスの上半身のマッサージに移ろうとしたとき、ようやくラディスが枕から顔を上げていった。


「人間は弱いから、休みを取らないとすぐに体を壊すからな」


 そういったラディスが涙目で、よだれも少し出ていたので、笑いながら口をタオルで拭ってあげる。


「でも……今日は前に言ってた道具を使おうと思ってたのに」


 ラディスはぐっと言葉を詰まらせた。


「すっーごく気持ちいいよ?」


「……………………いや、やめておこう」


 めちゃくちゃ迷ったな。


「……気にならないと言えばウソになるが、ここまで手を尽くして、何が狙いだ?」


 レイラはきょとんとして、ラディスを見た。


 言い回しは遠回りだが、レイラのマッサージやケアが気に入っているのは確かなようだ。


「まだ、全部じゃないよ」


 レイラは嬉しくなって、少し得意になりながら付け加えた。


 初日にラディスが命を狙われることも多いという話を聞いて、警戒心もあるだろうと思って、まだ手を付けていない場所があるのだ。


 ラディスを見ると、絶句して固まっている。


「これで全部じゃないのか?」


「うん。またしてあげるから楽しみにしておいて。おやすみ」


 レイラはそういうと、ラディスの足や自分の手をタオルで拭って、サイドテーブルのろうそくの明かりを消してから、ベッドに横になった。


 段々と警戒心が薄れてきているのか、ベッドの端に寝ていたレイラも、初日から比べるとラディスの横で寝られるようになってきた。


 暗闇を見つめながら、レイラはつぶやくように言った。


「ねえ、魔女って人間?」


「……そうだ」


 レイラは気づいたことがある。


 ラディスはレイラに何度も人間は弱い、ぜい弱だ、脆いといった。


 人のことを本で調べて、レイラのことをペットのように扱っていたが、時々、本に書いてある知識以上のことを知っているような、妙に実感のある行動や言動をすることがあった。


 リリンは人間のレイラにラディスがかまうのは、魔女の代わりなのだといった。


 何度も感じていた違和感の正体は、これだったのだ。


 殺されかけていたレイラを助けたのも、人間が弱いと心を砕くのも、心配するのも……リリンのいう通り、魔女の代わりだったのだろう。


「リリンに襲われたとき、助けてくれた黒髪の女の人がいてね、その人が魔女だと思うの」


 暗闇の向こうで、ラディスが息をのむのがわかった。


「……何か言っていたか?」


 やはり、ラディスは魔女と知り合いだ。


「聖女のことを知ってた。瘴気の穴もあけないといけないって急いでた。それと、ラディスが無理をしていないか心配してた」


「…………そうか」


 ラディスはそれ以上何も言わなかった。


 レイラも聞かなかった。


 聞ける立場にはなかったし、なんだか複雑な心境で、何を言えばいいかわからなくなっていた。


「ごめんね。引き止められればよかったんだけど」


「かまわない」


 何も言わないラディスがもどかしい。


「1日でも早く瘴気の穴を何とかして、魔女を見つけるね」


「……瘴気の穴が解決すれば、元の世界に帰る方法を探してやる約束だからな」


「…………うん、忘れないでね」


 レイラの役目は、瘴気の穴を塞いで、魔女をラディスと無事に会わせて元の世界に帰ること。


 社長と何十年も会えなかった妹が待っている。


 複雑な感情を押し殺して、レイラはシーツをぎゅっとにぎりしめた。


   *   *   *


 翌朝、レイラの世話をしてくれる侍女に、昨晩は何かあったのか聞かれた。


 レイラはそこで、初めてラディスの声が扉の前に待機している侍従に漏れていたことを知った。


 毎日、聞こえていたことになる。


 レイラは顔を赤くした。


 昨晩は静かだったので、不思議に思ったそうだ。


 レイラはきちんとラディスの足をマッサージして、満足してもらいましたとも。


 レイラの仕事ぶりを誤解されてはいけないので、きちんとフォローしておくことにする。


「きもちいいときは声を我慢しなくていいって言ってるのに、昨晩は一生懸命声を押し殺してたの」


 そこまで言って、魔族に人間だとバカにされているレイラは、きちんと仕事をしているというアピールが不足しているのではないかと思い当たった。


「それが、かわいくて、ついつい意地悪をしちゃった……ちゃんとやることはやったんだけど」


 意地悪をしたのはラディスには内緒にしてねというと、侍女は真っ赤な顔をしながらこくこくとうなづいてくれた。


 レイラの知らない聖女に関する数々の噂が、すでに大陸中を駆け巡っていたのだが、それをレイラが知るのはまた別の話だ。

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