魔王は捨てられ聖女の異世界アロママッサージがお気に入り
シズサ
第1話 異世界に召喚されました
胸が燃えるように熱かった。
宇田麗良(うだれいら)は自分の胸をつらぬいた光の槍が霧散していくのを、ぼうぜんと見つめる。
「年を取った方の異世界人は、他の者に気づかれないように始末してください」
その言葉を偶然聞いて、逃げ出したのに……。
レイラは震えながら自らの胸に触れ、手を見た。
手が真っ赤に染まっている。
血だ……。
吐き気を覚えて口を開くと、大量の血を吐いた。
これは、ダメだ。
傷みはないが体が動かない。
立ち上がろうとして、べしゃりと地面に倒れこんだ。
体中の力が抜けていき、視界が暗くなっていく。
レイラを光の槍で貫いた神官が見下ろしている。
「まだ、息があるのですか? 私の腕も落ちたものです」
レイラの目からツッーっと涙が零れ落ちて、地面に吸い込まれていく。
「私は聖女の召喚に成功しました。余計なものまで召喚したと思われるのはまずいので」
神官は天使のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、手を振り上げる。
とどめを刺すつもりだ。
レイラは死を覚悟して目を閉じた。
* * *
数時間前――――。
レイラは幼いころに児童養護施設で離ればなれになった妹と明日、再会を果たすことになっていた。
今年40歳で独身のレイラと違い、妹は36歳で結婚して10歳になる子供もいるらしい。
あまりにも楽しみだったので会社の社長にこのことを話してみると、今日は定時であがっていいと、他の人よりも早く帰ることを支持してくれたのだ。
レイラのつとめる美容グッズの制作会社をはじめ、美容関係の会社をいくつも持っている尊敬する上司だ。
御年60歳。
両親を知らずに施設で育ったレイラにとって、社会に出てからやさしく時には厳しく一人前に育ててくれた彼女は、母同然の存在だった。
レイラは家に帰るために小雨の降る中、家までの近道をしようと普段は使わない大きな公園の中を突っ切る近道を歩いていた。
ちょうど噴水のある広場に差し掛かったとき、向こうから制服を着た今どきのオシャレな高校生の女の子が歩いてきた。
きらきらして見えるわ。
レイラはよれたスーツを着た、みすぼらしい自分との違いに肩を縮ませた。
街頭があるとはいえ薄暗いし、すれ違うのも一瞬。向こうはレイラの姿を気にもしないだろう。
噴水が近づき、水音が周囲の音をかき消した。
少女とすれ違う。
その瞬間。
カッ―――ン。
空から音がした。
レイラは空を見上げた。少女も空を見上げる。
続いてブーンと虫の羽音のようなもの。
上空に何か、金色の光の輪が回っている。
「何アレ? 魔法陣?」
少女が呆然とつぶやいた。
「宇宙人のUFO……」
「ヤバッ! 異世界からの召喚的な」
私たちは同時につぶやいた。
異世界って、ファンタジーとかおとぎ話の世界? そんなバカな。
宇宙人のほうがまだ現実味が……ないか。
「宇宙人って……おばさん……」
女子高生もレイラと同じようなことを考えたのだろう。
いや、初対面で面と向かっておばさんは失礼でしょう。
レイラと女子高生は互いに怪訝な顔をして顔を突き合わせた。
次の瞬間、光に包まれる。
「えっ?」
「何? きゃぁぁぁっ! なに?」
体が目に見えない力に引き上げられ、地面から足が浮く。
やっぱりUFOでは?
レイラがのんきに首をかしげることができたのは一瞬のことで、レイラと女子高生は上空にある光の輪に吸い込まれていった。
* * *
薄暗い大広間で、玉座に座っていた男がゆっくりと黄金の眼を開く。
「ラディス様、いかがなさいましたか?」
目鼻立ちの整った冷え冷えとする美貌の偉丈夫は、視線を向けるだけで声の主を見据えた。
首筋にそうように短くなっている白銀色の髪が、さらりと揺れる。
「目障りだ。さっさと死体を始末しろ」
男の周りには死体が転がり、壁に至るまで大量の血が飛び散っていた。
濃厚な血の匂いの中、先ほど知覚した情報の扱いを思案する。
先刻、大陸のマナが揺れるほどの大きな術が使われた。
この時期に、大地を潤すマナが大量に消費されれば、増加傾向にある瘴気がさらに増えるというのに……。
「500年か……毎回、こりない奴らだ」
こんな愚行を犯すのは、無知で高慢な人間の他に思い当たらない。
新しく召喚された聖女を利用して、何とか魔女を見つけ出せないものか……。
「シルファ……報告を続けろ」
ラディスの前には、細身の艶めいた美貌の男が立っていた。
仕立てのいい燕尾服を隙なく着こなし、人好きのする笑みを浮かべている。
品があり執事のような恰好をしているが、目元にあるホクロのせいか、ひどく色気がある男だった。
「西の森に瘴気の穴が確認されました。お探しの魔女の目撃情報はございませんが、調査隊の一人が噴出した瘴気を浴びて我を失い、捕縛をしようとしたのですが、失敗して行方不明です」
思案するように顎をなでたラディスは、立ち上がり扉に向かって歩き出した。
「調査隊の責任者に罰を与えろ。瘴気の穴は私が対処しよう」
「かしこまりました。さすがはラディス様、今しがた100人の刺客を処刑したばかりですのに」
シルファは優雅な仕草で深々と頭を垂れた。
ラディスは累々と転がる死体を一瞥すると、興味がなさそうに歩き出した。
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