第16話 お披露目
「君の家まで? テレーゼってなんの用事で来てたわけ?」
「どっかの伯爵家のパーティーにエスコートしてほしい、とかだったような?」
アレックスはテレーゼの話をちゃんと聞いてなかったようだ。そういうそっけない態度はそれでグッジョブだろう。
しかし、どこのパーティーへのお誘いだろう。
自分も招待状はそれなりに貰う方なのだけれど、テレーゼも呼ばれるようなもので、パートナーが必要なパーティーは何かあっただろうか。
婚約してからはそういう場にはヘンリーと一緒に出掛けている。彼も社交的な方なので、パーティーがあれば断られず、喜んで来ていたから。
しかし、今はあまり一緒に行きたい気分ではないから、そのようなものは片っ端から断っているし、ヘンリーと会うなと言われているので、ここ半月ほど全然顔をあわせていない。
「え? そんな内容だったの? 手紙で済むじゃん。なんでわざわざ押しかけてくんの?」
「さぁ。俺にきくなよ」
あっさりと受け流したアレックスに、ロナードは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「もしかして、今さらヘンリーに捨てられそうになって、アレックスにすりよってきたとかじゃないだろうな」
「冗談じゃないわよ」
アレックスが否定する前に、反射的につい私が口を出してしまった。
「え?」
思わず本音が出てしまって、咳払いをしてごまかしたけれど、頬が少し赤くなってしまったかもしれない。
「なんでもないからっ」
「ふぅん?」
何かを言いたそうな顔をしているロナードではあったけれど、あ、そうだ、と何かを思いついたような顔をしている。
「リンダ。今日は時間あるだろ?」
「え? これから? 確かに用事はないけれど……」
門限が厳しいわけではないけれど、あまり遅く帰ったりすれば外聞に悪い。来ているのがロナードの家なので、遅くなる旨を伝えれば許してもらえるとは思うが何か用事があるのだろうか。
「君はこれから、馬術倶楽部に向かってくれないかな?」
ロナードの提案にアレックスが顔をしかめる。
「もうすぐ夜になるのにか? 夜は男の時間だぞ」
日中の馬術倶楽部は女性がいることもあるが、夜は完全に男だけの社交場だ。
女人禁制というわけではないが、それにほぼ近い認識がされている。
「酒を飲むようなところまではいり込むわけじゃないよ。あくまでもロビーくらいまで。やんごとない理由があれば未婚女性が訪問してもセーフだろ?」
「なにその、やんごとない理由って」
「それは作るんだよ。リチャードを迎えに来たなんて筋書きはどう?」
「お兄様?」
兄も馬術倶楽部で遊ぶことはあるが、アレックスやヘンリーほど顔を出しているわけではない。
「リチャードに急用があって、探しているって風を装うんだよ。リチャードがそこにいなかったら空振りだったってだけだろ。急いで探していて人目もはばからずに馬術倶楽部に妹がきたとなったら、誰も文句言えないって。遊びに来たわけではないんだから」
「なんでそんな嘘をついてまで馬術倶楽部に行かなければならないの?」
「決まってんじゃん」
にやっと笑ったロナードはベルを鳴らす。そうすると、子爵家のメイド達が現れた。あらかじめ言い置かれていたのだろうか。彼女たちの手には色々と箱やら布やらを持たれている。
「綺麗になったヘンリーの婚約者嬢をそろそろ皆に披露しないいけないからね」
****
「リチャード様はここに来てないか?」
「いや、俺は会ってないけど……あれ、そちらは?」
馬術倶楽部のロビーで話している男性たちに近づいて、アレックスが話しかける。
そのアレックスの後ろで#婀娜__あだ__#っぽく微笑み、優雅にお辞儀をするのはリンダだ。
ロナードの母の若かりし頃の夜会用ドレスを借り、大急ぎでピンで留めたり体に合うようにして、子爵家のメイドの技術力を結晶させてメイクアップさせられている。
こんな大人っぽい服なんて持っていない。体のラインを強調するような大胆なデザインだ。もちろんあちこち詰めたり寄せたりはさせられているが。
しかもこんな皮一枚増えるような夜用メーキャップの存在すら知らなかったので目が点になるしかなかったが、とうがたってもうお肌が曲がり切った先のような夫人すら見事に化けさせるメイクに慣れたメイド達は、リンダを女優のように仕立ててくれていた。
「ごきげんよう、マルクス様。お久しぶりです」
ちょうど目の前にいたのは知り合いでほっとした。
マルクス様は兄の友人の一人。彼は眩しそうにリンダを見ると、目を細めて相好を崩す。
「あぁ、久しぶりだね、リンダ。なんかちょっと見なかった間に随分とイメージ変わった気が?」
「そうですか? 悪い方にイメージが変わったのではないならいいのですけど」
「そんなわけないだろう? ぐっと大人っぽくなったね」
一歩近づいてくるマルクスとは逆に、アレックスがすっと私から離れる。
「ごめん、ちょっとリチャード様を探しに見て回るから、リンダの相手を頼んでもいいかな」
「ああ、もちろんだよ。リンダ、おいで?」
すっとマルクス様に手を出されて、私は当たり前のようにその手に自分の手をのせる。
今までと違う淑女であるというイメージを植え付けるためにも、恥じらったり戸惑ったりを見せないで、あえて物慣れた女性のように堂々と。
「りんご酒でも飲むかい?」
「ありがとうございます」
ゆったりとほほ笑んで、周囲の男性にも軽く会釈をして椅子を譲ってもらう。
渡されたグラスに、口をつけて。思ったよりもアルコールが強いようなので気を付けないと。一口飲むと唇を離し、グラスに残った口紅を指先で拭いた。
耳にかかる髪を耳にかきあげ、小首を傾げ。目の前にいる相手の目を見つめてにこっと微笑む。
ロナード先生はおっしゃいました。
女慣れしてない男は、女性ににこにこしながらじっと見つめられるだけでドギマギすると。
相手の話には少し大げさになるくらい反応して、感情を出すようにして一生懸命きいているようにするということ。
そうすれば結構、男は殺せるんだそうだ。……本当だろうか。
マルクス様だけでなく、ここに貴族の娘が来ていること自体が珍しいのか、我も我もと人が寄ってくる。それを邪険にすることなく、一人一人に優雅に挨拶をして相手をし……精一杯、ぶりっこをしていた。
疲れるけれど、ヘンリーの鼻を明かすまでの我慢だ。ロナードに言われているのだから。
『頑張って、男の人気をかっさらっておいで』と。
こんな感じでいいのかわからないけれど、やるしかない。
ずっとニコニコしていたので、顔が引きつりそうになった時だった。
「リンダ!? なんでここに。それにその格好は……」
「え?」
思いがけない声がした。その人はちょうど倶楽部に入ってきたところだったのだろう。
慌てて振り返ると、……兄がいた。
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