第8話 綺麗になったね
報告会ということで、私はロナードの家に呼び出されていた。
イメチェンした後の初のまともな外出というのもあるけれど、そこにアレックスが来るのが分かっているせいか、いつもより気合を入れて支度をしてしまったのは否めない。
あんなことをロナードがいうから……。
やはり、意識してしまう。婚約破棄を目指しているとはいえ、自分はまだ婚約をしている身分で、婚約者以外に心を寄せているということを気取られてはいけないのだから、しっかりしなくては。
そう、自分が気合を入れて装っているのは、美しくなるという課題のためだから。そう自分に言い聞かせて、朝早くから起きて風呂に入り、肌を磨き上げ、きついコルセットでウエストを縛り上げた。
一瞬でも綺麗だと思われたい人がいる。そのために苦しくても努力ができるということからは、目をそらした。
人目を避けるように、馬車の窓には覆いをして。外では日傘で顔を隠しながら念入りに移動する。
ロナードの家の屋敷に入れば、二人がもう私を待ち受けていた。
「どう? 精一杯、男受けを狙ってみたのだけれど。こんな感じでどうかしら」
ロナードとアレックスの前でドレスの裾を掴み、くるっと回って見せる。ボリュームを押さえているので以前のようにふわりと裾は広がらない。染め直して淡い水色から濃い青になったドレス。レースや花の飾りなどを押さえ、その代わりに鈍く光るビーズを縫い付けて控えめな輝きだけが増すように作り替えた。
「いいね、とっても素敵だよ。随分と印象変わったなぁ……ほら、アレックスも感想言って」
ロナードは目を細めて賞賛してくれるが、アレックスはロナードに促されても口が重い。
ただ、じっと穴が開くほどリンダを見つめているだけで、その反応にどう対応したらいいか、こちらの方こそ困ってしまう。
「……あ、あぁ、悪くない」
ようやく口を開いたと思ったら、ただそれだけで、がっかりしてしまう。
「アレックス、ちゃんと見てないんじゃない……?」
「見てる、見てるよ」
ちゃんと見てよ、と言おうとして食ってかかるが、アレックスの視線が泳いでいる。
アレックスに見て欲しかったのだけれど、この装いは気に入らなかったのだろうか。
「リンダ、大丈夫。アレックスはとてもいいって言ってるよ」
「どこが」
気を使ったのか苦笑いをしているロバートの超訳に反発してしまうけれど、仕方がない。次こそは綺麗と言わせようと誓って現状報告に進む。
「ドレスも追加でオーダーしてるわ。昼用のドレスの露出度を上げるのは難しいから、なるべくぴったりのデザインにして体のラインを見せて、素材をシースルーにしてみたの。下品にならないようにはしているつもりだけれど」
「肌も綺麗になってるし、きつい印象だったのが甘い顔立ちになってるし、メイクも頑張ってるね。すごい」
髪型の工夫ポイントとメイクの方向性をロナードに報告すると、ちゃんと褒めてもらえて嬉しい。それに比べてアレックスは。
「……胸がでかくなったか?」
「盛ってるの!」
何か言わないといけないと思ったのだろうか。しかし、よりによって言うのがそこか!そういうところばかり気づくな! と胸を隠しながらアレックスのみぞおちを肘でどつくが、相手はびくともしない。
「これが一般の男の女子への認識だよ。リンダわかった?」
「うん……」
あきれ顔のロナードが顎でアレックスを指して言うのに同調するしかなかったが。もう感想を求めるのは諦めよう。
「えらいえらい、頑張ったね」
ロナードに褒めてもらって胸を反らした。私にはロナードの賞賛だけでいい。
「私が本気を出せばこんなもんよ」
「中身が相変わらずだけどね」
「当たり前でしょ」
一通り、ファッションチェックにOKを貰うと、ヘンリーのすっぽかしと、父親との会話を二人に話した。
話を聞いたロナードはいぶかしげな顔をして宙を睨んでいる。
「うーん、なんだろ。結納として受け取るものに釣られて娘を売ったというリンダの推理が正しいとしても、それに相当するようなものって美術品とか宝石とかか? でも正直落ち目のマルタス侯爵家だから、そんな目ぼしいものある話聞かないんだけれど」
「その言い方はどうかと……」
さすがにアレックスがロナードの『娘を売った』という言い方に眉をひそめてたしなめようとするが、言われた本人は気にしないで、とあっけらかんとしている。
「私の勘でしかないんだけれどね……。ただ、結婚自体は爵位目当てではなさそうとは思ったかな。後、事業系が主な理由ではなさそうというのも。侯爵家が頭を下げて婚約を希望してきたから弱みを握れる? みたいなのはあるかもだけど、でもそれはマルタス侯爵家である必要性が全然ないのよね」
「君のお父さんの趣味のものとか? それで手に入りにくいものとかを融通してもらうとか」
「父の趣味って何かしら……」
完全に仕事人間で、趣味が仕事みたいな人なのだけれど。娘である私のあずかり知らぬところでそういう趣味があったのかもしれない。
人に言えないような趣味だったりして……どんなのがあるかすら知らないけれど。
「家族に聴いてみては? お母さんとかなら知ってるかもしれないしね」
「そうね……母に探りを入れてみるわね」
軽く聞きこみをしてみよう、と頷いた。
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