第6話 イメージチェンジ
「ようやく、お嬢様が花開く時が来ましたわ!」
侍女のローラが私以上にはしゃいでいる。落ち着いて、と笑いながらそれを見ている他の侍女たちも心なしかウキウキしているように見える。
「私の魅力を最大限に引き出すための知恵を出してほしいのよ。傍から見てもイメチェンしたのがわかるように」
帰るなりそう頼んだら、侍女たちは張り切ってドレッサーからあれでもない、これでもない、とドレスを出してきたり、髪飾りやアクセサリーを取り出してきた。
自分はそれなりにオシャレに気遣ってきたつもりだったけれど、彼女たちを見ていると、どうも私の努力も気合もまだまだだったようだ。
もう夜だし、後は家でのんびりするだけだというのに、侍女たちは私のメイクからやり直し、今後の練習をし始めるようだ。
「お嬢様は眉の形をきつい山形にするのがお好みのようですが、もう少しなだらかな形にするのがいいと思いますよ?」
侍女の中でもメイクにこだわりを持つアマンダがそういうと、他の侍女もうんうん、と容赦なく同意してくる。
みんな、そう思っていたのならもっと早くそう言って欲しかった!
「だってそれだと私の眉の形に添わないんですもの」
「それならいっそ、眉を剃ってしまったらいかがですか?」
「剃る!?」
「ええ、別に誰に素顔を見せるというわけでもないでしょう? 美を優先するならそうするべきです。むしろ、化粧をした顔がお嬢様の顔なんです」
訳のわからない説得を受けて、眉を1本1本抜かれたり、一部を剃られたりして、今まで見た事のない顔になっていく。私の不安がわかるのか、全部剃られたりはしなくてほっとしたけれど。
「ところでどのようなイメージに変身したいんですの?」
「そうね……大人っぽい感じにしてくれるかしら。男性受けするような」
「でも、どうして大人っぽく? 今のお嬢様でも十分可愛らしいですのに」
「ヘンリー様を見返したい……と言ったらわかってくれるかしら?」
元々ヘンリーの家のメイドが我が家の侍女たちに密告し、そこからヘンリーの浮気は発覚した。
そして浮気調査に出かけた私が帰ってくるなりこんなことを言いだしているので、何か察するものがあったのだろう。それ以上深く聞いてこなかった。
「大人っぽくですわね? 確かにリンダ様ならその路線は大きなイメージチェンジになるでしょう。リンダ様の場合細い腕と首が魅力なので、なるべく髪型は優雅に見えるようにいたしましょう」
「ドレスも、子供っぽい飾りは取ってしまいましょうか」
「ドレスの色も染め直しした方がいいですわね」
淡い、どこか子供っぽいイメージが強かったドレスを、強い印象が残る濃く鮮やかな色に、と打合せをする。
「何着かは新しいドレスをオーダーなさった方がいいと思います。デザイナーを呼びましょうか?」
「三着も買えばいいかしら。でもそんなに一気に買い直したりして、怒られないかしら……」
「身長が伸びてしまって着られなくなったとでもおっしゃればよいですよ」
知恵をつけてくるメイド達も同罪だ。しかし。
「旦那様にお嬢様がおねだりすれば大丈夫ですよ」
「……私もそう思うわ」
今までおねだりして買ってもらえなかったものが思い至らない……。だからこそ申し訳なくて、うかつに父にねだれないのだが。
うちの父は言われるままに金を出すのが愛だと思っている節がある。そして、ちゃんと娘を愛していると思っているのだろう。
「明日は、ヘンリー様がいらっしゃる日ですわよ」
婚約者同士なのだから、と週に1度のペースで私の家で会うということをさせられている。
それがちょうど明日だったことを言われて初めて思い出した。
「そうね、でも支度はしなくていいわ。会うつもりないから」
「喧嘩でもなさったのですか? それならこちらからお断りの手紙を出した方が」
「ううん、単にちょっと会いたくない気分なだけ。それも駆け引きの1つよ」
私がロナードから言われている内容を偉そうに言うと、侍女たちは黙ってなるほど、と頷いたが。
しかし、次の日、ヘンリーは連絡1つよこさず家に来なかった。やはりというかなんというか。
「お忘れになっているのかしら」
そう当惑する侍女たちに、私はすまして肌の手入れを続けさせる。
「そうね、そうかもしれないわね」
あんなところを婚約者に見られて、家に来るだけの度胸はなかったようだ。
しかし約束があったはずなのに、それをすっぽかすのはいただけない。それを責めるくらいはしておくべきだろう。
夜になってから、私は机に座り、カードにペンを走らせた。
「これを、侯爵家に送ってちょうだい」
そして一文だけ書いたカードをヘンリーの元まで持って行かせる。
『アナルトーの花はたとえ飽きたとしても手入れしないといけないものだとお分かりですよね?』
一応自分たちは婚約者同士なのだから、それなりの態度は見せた方がいいんじゃないの? という嫌味だ。
来たらきたで会うつもりはないけれど、来もしないというのは相手の過失だ。
この話は大げさに騒いで、父の耳に入れておくべきかもしれない。
侯爵家という家格に惹かれて娘を嫁がせようとしていたとしても、我が家に侮辱を受けているという風になったら、プライドの高い父は不愉快に思うだろうから。父の怒りを煽ってみようかと思う。
そう思っていたら、即座に反応があった。
「お返事の手紙と、お花が届いております」
詫びのつもりだろうか。
大慌てで用意したのだろうと思うと少し溜飲が下がった。
どこの女に用意させたのかはわからないが、なかなか小洒落たブーケにしているガーベラの花束を見ながら鼻で嗤った。
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