第17話

 アンさんとトムさんの口喧嘩はまた長くなりそうなので、私はカバンから魔術書を取り出して読み始める。


 すると、私が取り合わないことに気づいたのか、わざわざちょっかいをかけてきた。


「流石は有能魔術師のたまごサマ、俺たちみたいな下々の者には目もくれませんってか」


 こっちに矛先が向く理由はアンさんの話からわかったとは言え、そもそも私の周りに魔術師がいるという前提が間違っている。誤解で喧嘩を売られるのも、気分が良いものではない。


 弁明しようと口を開こうとしたところで、アンさんが声を上げる。


「さっきからシスタちゃんに絡んで! やめなよ!」


「へえ、シスタって言うのか。ふうん」


「あ……」


 名前をバラされてしまった。小さく謝ってくるアンさんに別に良いよと答える。

 名前を知られたところで、特に問題は無いだろう。領都は広いから、今後偶然鉢合わせることも少ないだろうし。


「なあ、シスタ、お前はどこから来たんだ? 北地区の商人街の方か?」


「え、村ですけど」


「は? 村?」


「はい。北は北ですが、名前も無い村から来ています」


「おいおいそんな辺境に高名な魔術師がいるのか? 聞いたこと無いぞ?」


「ですからいませんよ。魔術師なんて。高名どころかぺーぺーの魔術師すら一人たりともいませんでした」


「じゃあだれから魔術を教わったんだ?」


「独学ですよ。この本で勉強しました」


 絶句しているようである。アンさんたちも、まさか本当にだれからも教わっていないなんて思っていなかったのか気まずそうだ。


「ハハッ! そんな小難しい本、師匠もなしに読めるわけないだろ! 田舎者の記念受験だったのかよ。 なんだか損した気分だぜ」


「そんな言い方しなくても良いじゃない! シスタさんに失礼よ!」


 あまりにもあまりな物言いに、サラさんが怒ってくれる。


「きちんと魔術師になりに来てますよ。魔術も使えますし」


「確かにここまでの試験ではちゃんと使えてたよね」


「でもまあ、再試験させられたくらいだったので、あまり皆さんのようにうまくできなかったのかもしれませんが」


「そんなこと無いよ! 的あての試験とかすごくよくできてたって!」


「本当ですか? ありがとうございます」


 私たちの間だけで会話が進んでいることに苛立った様子のトムさんだったが、興味が失せたのか「フン」と鼻息を荒げて自分の教本に目を通すことにしたようだ。


「独学なのに魔術が使えるなんてすごいですね。才能があるのではないでしょうか?」


 ハンナさんも褒めてくれる。

 きちんとした先生に教わってきた人たちに私の頑張りを認めてもらえたのは素直に嬉しい。


「才能はともかく、私でも初級魔術師になれると良いのですが……」


 その瞬間、場が凍りついたように感じた。

 どうしたのだろう。

 女子陣だけでなくトムさんも教本をめくる手の動きを止めたように見える。


「えっと、シスタちゃん。それは将来の目標的な意味だよね?」


 恐る恐るといった具合に確認してくるアンさん。


「え、違いますよ。今日の試験で、です。魔術連盟員証に通信機能をつけてもらいたくて。連絡を取りたい人がいるんです」


「あのね、シスタちゃん。ちょっとこう言うのは申し訳ないんだけど」


「おいおい、田舎者の大ボラ吹きなんてとんだお笑いだなあッ!」


「ちょ、ちょっとトム! そんな言い方やめなよ!」


「俺みたいに入門コースをトップで卒業したようなエリートならともかくな、独学で勉強したなんて言ってる奴が初級魔術師なんて無理に決まってるだろ」


「トムも無理だよ!」


「無理じゃねえ! やってみなきゃわからねえだろ!」


 爆発するかのように、また口喧嘩が勃発してしまう。



「えっと、本気なのですが」


 その光景を横目に、私はぼそりとつぶやいた。

 虚勢だと思われたのかサラさんとハンナさんには労しげな目を向けられる。


 なんとも釈然としない気持ちになった。



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