30話 勇者との決闘

 決闘の日の午前。


 僕とアルカは、街の外れの広場にいた。


 正午からの勇者ハロンとの決闘に備え、新しい力を身に着けるためだ。


「アルカ、形態変更モードチェンジだ」


「了解しました」


 アルカの身体を虹色の光が包み、弾ける。


 光の中から現れたとき、アルカは純白の鎧を纏っていた。腰には剣を差している。


 戦乙女形態ヴァルキリーモード


 新しく搭載した、剣での戦闘に特化したモードだ。


 装備しているのは、採掘ゴーレムを渡した鍛冶屋に作ってもらった、アルカ専用の鎧だ。


 そしてこの鎧、驚くべき秘密を持っている。


 通常、鎧を作るときには鉄などの金属にアダマンタイトをわずか数パーセント混ぜる。そうすることで、金属の性能を飛躍的に高めることができるのだ。


 しかしこの鎧は、なんとアダマンタイトを80パーセント以上も含んでいる。


 それによって普通の鎧の半分以下の重量なのに5倍の強度があるのだという。


 採算度外視の、超高性能鎧だ。


 僕は鍛冶屋さんに普通の鎧をお願いしたのだが、火山採掘ゴーレムを作ってくれたお礼にと、納品したアダマンタイトをたっぷりつぎ込んで作ってくれた。


 本当にありがたい限りだ。


 最高品質の鎧と剣がそろった。しかし、アルカのヴァルキリーモードには、まだ足りないものがある。


 それは、剣の技術だ。


 アルカはこれまで、人間とは次元が違うスピードと腕力で近接戦闘をこなしてきたが、勇者相手にはそれだは不安だ。


 アルカは見た技術をすぐに自分のものにできる学習機能がある。一度エリート冒険者の剣技を直に見れば、勇者ハロンとも剣で互角以上に戦えるようになるはずだ。


 というわけで、昨日冒険者ギルドにクエストを発注し、剣を扱うゴールド級冒険者2人に剣を教えてもらう。


 ……はずだったのだが。


「来ませんね、マスター」


 クエストを受注した冒険者2人が、いつまで経っても来ない。


 1人なら寝坊したり場所を間違えたりした可能性はあるが、2人とも来ないというのはどういうことだろう。


「……駄目だ、もう時間だ。闘技場へ行こう」


 僕たちは剣を習うことを諦めて、勇者ハロンとの決闘の場所へいく。


――――


 そして、正午。


 入場ゲートから、僕とアルカは闘技場に足を踏み入れる。


 すると、耳が潰れそうな程の歓声に包まれる。観客席は、満員どころか通路にまで人で埋まっていた。


 勇者パーティーメンバー2人を倒した新人冒険者と、勇者。


 この対戦カードは注目の的なのだろう。


「ナット、私に完膚なきまでに叩きのめされる覚悟は出来ているか?」


 勇者ハロンが向かいの入場ゲートから入ってくる。


 土汚れを落として、いつもの凛々しい姿に戻っている。


「相手が勇者様でも、僕が勝ちますよ」


『いいですね♪ 両者とも気合十分です!』


 僕と勇者ハロンの丁度中間あたりに、リエルさんがいつの間にか立っていた。


 今回も魔法で声を大きくして闘技場中に響かせている。


『さて今日の決闘も、両者とも大事なものを賭けてもらっています!


 ナット&アルカチームが勝てば、勇者ハロンは二度とナットさん達に関わることはせず、家に代々伝わる聖剣【バーレスク】を差し出します!


 勇者ハロンが勝てば、ナットさんは勇者パーティーに戻り、メンテナンス要員として働きます!』


「聖剣を賭けるって、勇者様の覚悟が凄え!」


「勇者が直々にパーティーに連れ戻そうとするなんて、やっぱりナットって少年タダモノじゃないぞ!」


「キキとカカを圧倒した実力はやっぱり本物なんだな!」


 リエルさんが発表すると、会場がどよめいた。


(アルカ、打合せ通りに魔法中心に戦おう。今のアルカじゃ剣での戦いは不利かもしれないけど、魔法なら勝てる)


(了解しました)


 僕はアルカに耳打ちする。


「ナット。ブロンズアームグリズリーの時の屈辱、この場で晴らさせてもらうぞ。そしてついでに、メンテナンス要員として貴様をパーティーに連れ戻し、戦闘用ゴーレムも修理させる」


 勇者ハロンは凛々しい表情で剣を抜く。


「そうはさせません。マスターには、これからも自由に冒険者としてダンジョン探索に挑んで頂きます。邪魔するなら、勇者が相手でも倒して見せます」


 アルカも火炎放射形態フレイムモードになり戦闘準備万端だ。


 そのとき、僕はふと気付いた。


 今朝、冒険者ギルドからクエストを受注したはずのゴールド級冒険者が来なかったのは、もしかして勇者ハロンの仕業だったのではないか?


 アルカが更にパワーアップするのを防ぐために、クエストを受注した冒険者に報酬金より高い金を渡すなどして、僕たちのところへ来ないようにしたのではないか?


 ……いや、そんなわけはないか。


 勇者ハロンはそんな小細工をするタイプではない。というか、出来ない。


 勇者パーティーにいたころも、勇者ハロンは一度も搦め手や不意打ちなどの手段を使ったことがない。常に全力突撃しかしない。


 少し口が悪いかも知れないが、勇者ハロンにはとても小細工をできるだけの頭の良さがない。


 と、一昨日頭から落とし穴にはまっていた勇者ハロンの姿を思い出しながら考える。


 では、誰がクエストを受注した冒険者2人に根回しをしたのか? キキとカカも小細工なんてできないだろう。


 ……いや、そんなことを考えるのは後回しだ。今は目の前の勇者ハロンに集中しよう。


『両者とも準備は良いですね?! それでは始めましょう!』


 リエルさんが右手を大きく振り上げる。


『唯今を以て! 冒険者ギルド本部! 決闘裁定機関所属! 決闘立ち合い人、リエル・ミズイ―の名の下に! ナット&アルカ 対 勇者ハロン の決闘を開始する! ――始め!!』


「フレアブラスト:ストレート!」

「ギガ・ファイアーボール!」


 アルカと勇者ハロンが同時に魔法を発動。


 アルカの右腕からは炎の奔流が放たれ、勇者ハロンの剣からは巨大な炎の玉が飛び出す。


”ゴウッ!!”


 闘技場の中央で、アルカと勇者ハロンの炎が衝突。拮抗する。


 2つの炎がぶつかっている場所からは凄まじい熱が溢れ、周りの土が溶けていく。


「あれが噂で聞く勇者ハロンの超高出力魔法か!」

「だけど、アルカちゃんの魔法も負けてないぞ! 威力は互角だ!」

「俺ゴールド級の魔法使いだけど、あの10分の1も火力でないぞ?! どうなってるんだあの2人は!」


 両者の炎は互角。だが、


「負けません! 勇者パーティー時代にマスターをこき使ったあなたは、絶対に私が倒します!」


 叫びながら、アルカが火力を上げる。


 アルカの炎の奔流が、炎の球を徐々に押し返していく。


「何!? 私の魔法が押し負けるだと!?」


 そしてついに、アルカの魔法が完全に勇者ハロンの魔法を上回った。炎の奔流が勇者ハロンに直撃し、吹き飛ばす!


「馬鹿なああああああああぁ!!」


 勇者ハロンは勢いよく闘技場の壁にたたきつけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る