15話 勇者パーティーと決闘することになる

 冒険者ギルドを立ち去ろうとした僕たちの前に、勇者ハロン一行が立っていた。


 しかし、不思議なことに3人はこちらを見ようとしない。


 もしかして、こっちに気付いていないのだろうか。


「キキ、カカ。2人ともよく聞いてくれ。今日は2人に大事な話がある」


 女勇者ハロンが切り出す。やたら大きい声だ。まるで誰か近くにいる人にわざと聞かせようとしているかのように。


「我がパーティーはS級ダンジョンを快調に攻略している。そこでなんと、パーティーメンバーの待遇を向上させることにした。これまでの報酬取り分に加えて、1日1回、オヤツにクルミを支給することにした」


「本当ですか勇者様! そういえば、前にこのパーティーでゴーレムのメンテナスとか雑用とかやって名前が”ナ”で始まる奴がいたな~」

「兄者、もしかしてそいつ、オヤツにつられて戻って来るんじゃないか?」


 チラッチラッ


 3人がこっちの様子をうかがっている。

 

 ……もしかして僕をオヤツで釣ってパーティーに呼び戻そうとしているのか?


 どれだけ費用をケチりたいんだ。


 僕は目を合わせないようにして、3人の横を通り抜ける。


 すると、3人はダッシュで僕の前に回り込み。また僕の方を見ないようにして話し始める。


「待遇向上はオヤツだけではないぞ。なんと頑張ったメンバーには、”よく頑張ったで賞”を進呈しよう!」


 勇者ハロンは、あまりきれいではない字で”よく頑張りました”と書かれた紙を見せつけている。


「な、なんだってー! そんなことしたら、間違いなく名前が”ナ”で始まるあの男、パーティーに戻って来るじゃないですか」

「そしたら戦闘用ゴーレムの調子もよくなるし、道にも迷わないし素材の剥ぎ取りも上手くいきますよ勇者様! まぁ、俺はあんな奴に戻ってきてほしくなんかないんですがね?」


 チラッチラッ


 また3人はこっちの様子を見ている。


 そんなものにつられて戻るわけないだろう。


 目をそらしながら僕はまた3人の横を通り過ぎようとする。


「「おいナット、どこ行こうとしてんだ!」」

「うわっ」


 急に僕の目の前にキキとカカが飛び出してきた。


「これだけ待遇よくしてやるって言ってるのに、まだ戻って来ないのか?」

「兄者の言うとおりだ、傲慢な奴め! どれだけ欲深いんだ」


 ケチってオヤツや手書きの賞状程度で人を呼び戻そうとしてるやつらに言われたくないぞ。


「戻ってきてほしいのか? 僕がいなくなって困ってるとか?」


 と僕は聞いてみる。


「べべべ、別に何も困ってねーよ ! 戦闘用ゴーレムは元気モリモリだし、ダンジョンの道にも迷わず探索出来てるっつーの」

「兄者の言うとおりだ、探索も毎回黒字でうっはうはだっつーの」


 大分困っているみたいだ。


 でも今更僕の知ったことではない。


 というか、よくこんな連中とダンジョン探索出来ていたな、僕。


 追放してくれて本当にありがたい、と今更ながら思う。


「とにかく、戻ってきやがれナット! 別に戻ってきてほしくなんてないけどな」

「兄者の言うとおりだ! 戻ってこないっていうんなら力づくで――」


「――冒険者同士の喧嘩はご法度ですよ、お2人さん♪」


 ぱん、ぱん、と。


 手を叩く音とともに、若い女性が僕と兄弟の間に割り込んできた。


 髪は黒色。カールがかかったショートヘア。軽い口調だが、金色の瞳の奥には獲物を狙う猫のような鋭い眼光が隠れている。口元には、いたずらっぽい笑み。


 いつの間にいたんだろう。周りに他の人の気配なんてなかった。


「私、冒険者ギルド本部所属のリエルと申しまーす。皆さんみたいな、冒険者同士の揉め事を仲裁するお仕事をしています♪」


 冒険者ギルド本部所属だって!?


 全員がプラチナ級冒険者の、超エリート組織じゃないか。


 中には、勇者に匹敵するような大物もいるらしい。


 リエルさんの身のこなしからは、実力が全く読み取れない。完璧にカモフラージュされている。


「話し合いでは解決出来ない問題を、後腐れなく、きれいさっぱり解決する。それが私たちのお仕事です。いかがです? この喧嘩、私に預けてみませんか?」


 僕はうなづく。話し合いでは、粘着質な勇者ハロン達は振り切れそうにない。


 キキとカカもやる気のようだ。


「決まりですね。では、4人で。2VS2で決闘しましょう」


「えっ、決闘!?」


「はい、決闘。直接対決です」


 そう言ってリエルさんは、肉食獣のような、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「何で、決闘なんですか……?」


 僕はリエルさんに尋ねる。


「冒険者同士の揉め事は、これが一番早くて分かりやすくて後腐れないんですよ♪」


 確かに分かりやすいとは思うが……。


「裁判って言う手もありますが、あれは費用も時間もかかりますからねぇ。欲が多くて短気な冒険者には向かないんですよ。さぁどうしますか?」


 キキとカカは胸の前で拳を打ち付けている。やる気のようだ。


「……分かりました、やります」


 僕は何の落ち度もないのに、一度勇者ハロンのパーティーを追放された。


 そしてこれからもまた、勇者ハロン達は僕の冒険者生活の足を引っ張ろうとするだろう。


 ここできっぱりと決着をつけ、清算する。


 むしろキキとカカだけでなく、勇者ハロンも一緒に挑んできてほしいくらいだ。


「やります。この2人との因縁を、ここですっぱり切ります!」


「良いお返事です♪」


 リエルさんが獰猛な笑みを浮かべて手をパァン! と叩く。


「それでは双方、相手に何を求めるか教えてください。それが釣り合っているか私が判断し、公平な条件の決闘にします」


 リエルさんがまるで天秤のように、僕とアルカ、キキとカカの両方に手のひらを差し出す。


「俺たちが要求するのは、ナットがパーティーに戻ってきて前と同じようにゴーレムのメンテナンスと雑用をこなすことだぜ!」

「別にお前に戻ってきてほしくなんかないんだけどな!」


 と、また無茶苦茶な要求を突きつけるキキとカカ。


「僕は、この2人がもう2度と僕とアルカにかかわってこないこと、を要求します」


「……ふむ、これでは釣り合いませんねぇ」


 リエルさんが手でつくる天秤が、大きくキキとカカ側に傾く。


「キキさんカカさん。あなた達は、ナットさんの言い分を全く聞かずにパーティーから追放し、自分たちが困ると戻ってこいと言う。


 道理が通らない要求を吹っ掛けているのをご自覚くださいね~?」


 リエルさんは、これまでの僕らの事情を全て把握している。おちゃらけた雰囲気だが底が知れない。


 だが、公平な判断はしてくれている。信頼はできるだろう。


「一方のナットさんの言い分は至極全うなものです。これ以上自分に迷惑を掛けるな、というのは当然の権利です。要求としては、あまりに軽い」


 キキとカカの要求が重いから、天秤があちら側に傾いているのか。


「更に、ナットさんの隣にいる少女はナットさんが作ったゴーレム。なのでナットさん自身の戦力とカウントされます~。


 つまり、キキさんとカカさん2人VSナットさん1人、となるわけですね。


 有利な条件で挑んでいる分、キキさんとカカさんはナットさんより多くのものを賭けなければなりませんね~?」


 天秤がさらにキキとカカ側に傾く。


「「ええ!? その女の子ゴーレムなのか!?」」


 驚くキキとカカを無視してリエルさんは続ける。


「公平な条件にするために、とりあえずお金でも賭けてもらいましょうか~? キキさんカカさん、追加で”金貨300枚”賭けてもらいます」


「「き、金貨300枚だって!?」」


 とんでもない金額に僕も驚く。


 繰り返しになるが、一般職の市民が稼ぐ月収が金貨1枚と言われている。


 それが300枚。途方もない金額だ。数十年何もしないで暮らせるぞ。


「そ、そんな大金を賭けさせるんですか……?」


「ええ。冒険者ギルド本部所属の私が計算した金額に狂いはありません。ナットさんはもっと、自分の力の凄さを自覚したほうがいいですよ♪」


「「俺たちの全財産じゃねぇか! そんな額払えるかよ!」」


 キキとカカが猛抗議する。


「もしかしてお2人、マスターと私に負けるのが怖いのですか?」


 ここで、アルカが2人を挑発する。こんなに好戦的なのは珍しいな。


「どうしたんだアルカ?」


(あの2人はマスターを馬鹿にしました。マスターのゴーレムとして、絶対に許せません)


 アルカが小声でつぶやく。


 好戦的なのはよくないが、僕のために心底怒ってくれるのは、少し嬉しい。


「「だ、誰がビビるかよ! 俺たちが負けるわけねえだろうが! 全財産だろうがマイホームだろうが命だろうが何だって賭けてやるぜ!!」」


 キキとカカが怒鳴る。


「では、決闘成立ということでいいですね~? 勝負は明日の正午、市民闘技場にて行います! 両者とも、全力を尽くしてくださいね」


 リエルさんの口元にはまたいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。

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