第42話 討伐クエスト②

 多層洞窟第八層。


 その深部にて、俺達は息を潜める。


 ぴちゃりとぴちゃりと、どこからか水滴の落ちる音が聞こえる。

 それに交じり、喉の奥を鳴らしたような低くくぐもった唸り声が聞こえてくる。


 この岩の奥に、今回のターゲットがいる。


「あれだ」


 奥を覗き込むリーズが真剣なまなざしで言う。


 そこには、他のオークの1.5倍はありそうなオークが立っていた。

 その周りには五体のオークが鎮座している。


「あれが……」


 ジェネラルオーク。

 オークを束ねる者。


 身体にはつぎはぎした鎧を身に纏い、手には巨大な斧を携えている。


「武器を持っているね……他のオークより立派な……」

「オーク達が狩りに出かけて、手に入れてきた品をあのジェネラルオークに献上しているんだ。恐らく、冒険者たちの遺品だろうな」

「遺品……」


 途端に、ジェネラルオークの恐ろしさが身体を伝ってくる。

 つまり、意図的にその武器を、防具を用いているんだ。


 今まで戦ってきた魔物とはまた違う。

 ある程度の思考能力を有した魔物。


 ジェネラルオークは、ぎょろっとした巨大な目で辺りを見回している。

 恐らく俺たちが来たこと自体は何となくは把握しているのだろう。匂いなのか音なのかはわからないけど。


『緊張してきた?』


 カスミはいつもの調子ではなしかけてくる。


『当たり前だよ。サイクロプスのときは平気だったけど……なんというか、個のジェネラルオークには圧を感じる』

『当然ね。あれは本物の魔物だもの』

『本物……?』

『そう。生死を掛けた戦いを何度も潜り抜けて、生き残ってきたオーク。試験のために用意されたり、ヘルハウンドやオークのようにすぐ死ぬ存在でもない。経験を積んだ魔物よ』


 経験を積んだ魔物……。

 そうだ、単純な話だ。魔物だって生きているんだ。単純だけど、忘れていたことだ。


 つまりあのジェネラルオークは、百戦錬磨の怪物ということだ。


『ふふふ』

『な、なんだよカスミ』

『いや、昔のホロウを思い出してね。最初私と一緒に大きな魔物を倒した時もそんな感じだったなと思って』

『そ、そりゃそうだよ! 俺には魔術も使えないし……』

『でも、代わりにホロウにはすんごい強い剣の才能と、私が居るわ』


 今は刀の姿で見えない。

 けれど、俺の目にははっきりと胸を張りふふっと笑みを浮かべるカスミの姿が見えた。


 カスミはいつだって俺を信じてくれる。


『――そうだね、ありがとう。俺は最強の剣士を目指してるんだ。経験を積んでいるのはこっちだっていっしょさ!』

『その通り!』


 覚悟は決まった。


「――ホロウ、やる気満々みたいだな」


 リーズが俺の方を向いて意外そうに言う。


「もちろん。今までの成果を見せる時がきた。みんなを絶対に勝利に導くよ」

「な、何格好つけてるのよ。わたしだってそのつもりよ」

「はは、何さっきまで下向いてちょっと震えてたくせによ」

「なっ!」


 シアは恥ずかしそうに少し頬を赤らめる。バンとリーズを叩く。


「痛っ! おい、バレるだろ!」

「ご、ごめんつい……」

「この調子なら問題なさそうだ」


 俺たちはお互いに顔を見合わせる。


「さて、ジェネラルオーク狩りといこう」


 リーズは真剣な顔つきになると、作戦を説明する。


「ジェネラルオークは奥に一体。その周りにオークが五体居る。いままでのオークだったら正直そこまで手こずらないが、ジェネラルオークの側近と見るべきだろうな」

「個体差としては他のオークより強いってこと?」

「多分な。それに、彼らは恐らくジェネラルオークの指示に忠実に従う兵士だ。今まで以上の連携プレイを見せてくるだろう」

「厄介ね……」

「だから、敢えてその連携を逆手に取る」


 リーズはにやっと笑みを浮かべる。


「ホロウ」


 リーズは俺を見る。


「ジェネラルオーク、やれるか?」

「もちろん」

「いい返事だ。今回の美味しいところはくれてやるぜ」


 そう言いながら、リーズは地面に絵をかいていく。


「オッズ、あの脇道の先に魔物はいるか」

「ちょっと待ってね」


 オッズは索敵魔術を使い、ぐぐっと敵の反応を探る。


「――居ないね」

「よし。いいか、まずシアとオッズはジェネラルオークの前に飛び出す。そうすると、多分奴の指示で一体か二体、俺達に向かってくるだろう。それを引き連れて、あの小部屋に入る。釣りするって訳だ。二人なら少しの間時間を稼げるだろ?」

「もちろん」

「なるほど、ジェネラルオークから引き離せば、連携は機能しない!」

「その通り!」


 上手いこと考えるなあ、リーズ!


「その後、今度は俺が飛び出す。残りのオークは三体。これを引き連れて、俺は小部屋へと合流する。これで、ジェネラルオークは一体だけになる」

「そこで俺が戦う……ってことか」

「その通り。もちろん、オークを五体片づけたら合流する。それまで耐えてくれってことだ」


 確かに、これならいけるかもしれない。

 やっかいなのは周りのオークとの連携。それを引き離して別々で戦うなら、やり易さは段違いだ。


「任せてよ。ただ、リーズが戻ってきた頃にはジェネラルオークはもう倒れてるかもしれないけどね」

「ふっ……はは! 生意気言いやがって!」


 そう言って、リーズはわしわしと俺の頭を撫でる。


「な、なんだよー!」

「へへ、頼もしいって話だ。期待してるぜ」

「うん!」


『いいメンバーね。これなら、全然想定――』


 と、一瞬カスミの言葉が途絶える。


『カスミ……?』

『う、ううん。気のせいかな……』

『大丈夫?』

『うん。今はジェネラルオークに集中しましょう』


 そうして、俺達のジェネラルオーク討伐が始まろうとしていた。

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