第34話 魔術斬り

 かざされた剣聖の剣。そこに魔力が集まっていくのを感じる。


『来るわよ、ホロウ!』

「叩き斬る……!」


 剣聖ヴァレンタインは微笑む。


 一気に風が吹き抜ける。

 剣にまとわりつく風。それはまるで小さな嵐のように剣を覆い尽くす。


 ただそこにあるだけで嵐のように風が吹き荒れ、その場にいる全員が圧倒的な風圧に顔を覆う。


「あの魔術は……殺す気だ……!」

「みんな、伏せろ!!」


 騎士達がその魔術を見て慌てて防御の姿勢を取る。

 どうやらそれだけ大規模な魔術らしい。確かにこの風圧、まるで嵐だ。


「吹き荒れろ」


 ヴァレンタインはその嵐を纏わせた剣を、思い切り振りぬく。


「――"嵐竜斬"」


 瞬間。


 剣の周りに圧縮されていた嵐は地面を削る程の威力を帯びた竜巻となり、一瞬にして解き放たれる。

 

 それはものすごい勢いと轟音を立てながら、激しく土煙と岩片を巻き上げる。


「こりゃ……すごい……!」


 暴風に煽られ、激しく音を立てながら俺の服がはためく。


 正面には自然災害とも呼べる超常の魔術。

 "斬る"という行為を内包した、風の脅威。


 もし俺がただの魔術師なら、戦意を喪失して地面に座り込み、目を閉じて祈ったことだろう。


 それに、俺は今まで多くの魔術を斬ってきた。だが、この大きさは今まで斬ったことは無い。俺の体質が本当に万能なのか? もしかすると一定の許容量というものがあるのではないか? 僅かな不安が、腹の奥から込み上げてくる。


 ――だが。


 俺はカスミをもう一度ぎゅっと握りこむ。

 カスミから暖かい力が伝わってくる。まだ俺はカスミの力を引き出せていない。けれど、確かに繋がっていると感じる。カスミとなら、どこまでも行ける。


 それに俺は魔術師じゃない。


「俺は――」


 ――魔術を斬る……剣士だ!


「うおおおおお!!!」


 嵐に切り込むように、俺は上段から真っすぐと刀を振り下ろす。


 切っ先はその嵐の淵に触れると、眩い光を放ち、まるで水を斬るかのように何の抵抗もなく魔術の中へと滑り込んでいく。


 そしてその嵐は刀が振れた傍から煙となって蒸発し、俺の刀が地面に触れる頃には完全に消滅した。


 消滅の瞬間、強烈な風がブワっと駆け抜け、土埃が舞い上がる。


 さっきまでの耳をつんざくような轟音は一瞬にして無音に変わる。


 舞い上がった土埃が完全に俺達の姿を隠す。


「斬れた……あんな凄い魔術も……!」

『喜ぶのは後にして逃げましょう! 今ならあいつらをまけるわ!』

「! そうだね、行こう!」


 俺たちは身体の向きを変えると、勢いよく走りだす。今は逃げることが重要だ。


 後方からは誰も追ってくる気配はない。


◇ ◇ ◇


「やったか!?」

「さすがに死んだだろ」

「これが剣聖の力……初めて見るけど凄いな……」


 もくもくと煙が立ち上り、静寂が訪れていた。


 轟音が消え去り、騎士達は煙の先を見据える。


 剣聖ヴァレンタインの立っている位置から、容疑者が立っていた場所まで地面がごっそりと抉り取られている。


 魔術【嵐竜斬】。


 斬属性を伴ったトルネードは、触れるものすべてを斬りつけながら対象へと突き進む。剣聖ヴァレンタインの持つ魔術のうちの一つ。


 騎士と言えどそれを見た事がある者は少数で、この場に見た事がある者は居なかった。


 だから、パッと消えたこの幕切れが本来のものだと信じて疑わなかった。


「ヴァレンタインさん、お疲れ様です」


 騎士の一人が、ヴァレンタインの元へと駆け寄る。

 剣聖はただの称号であり騎士としての位が特別高い訳ではないが、王の直属の配下であるヴァレンタインは彼ら一般の騎士からすれば格上の存在なのだ。


 かしこまった騎士は煙の立ち昇る方を見ながら言う。


「それにしても、凄まじい威力ですね」

「ありがとう」

「一撃ですか。さすが剣聖です」

「一撃?」


 思いもよらぬ聞き返しに、騎士は眉を顰める。


「一撃……じゃないですか? あの煙の向こうに恐らく倒れているでしょう」

「はは、じゃあ見てみると良い」

「? ええ、一応確認しないと」


 首をかしげながら、騎士は煙の方へと向かう。


 煙は既に消えかかっており、地面が疎らに見えていた。

 騎士はそのまま進み、足元に目を凝らす。


 少しして、煙が完全に晴れたところで騎士は唖然とした表情を浮かべる。


「なっ…………居ない……?」

「だろう?」

「いや、そんなはずは……! 確かにあの容疑者に魔術は当たっていました!! 私はその瞬間をしっかりとこの眼で見たんです!」

「本当かな? 当たる瞬間、彼は何かしなかったかな」

「何か……」


 その時、騎士の脳裏に思い出されたのは、触れる瞬間刀で魔術に斬りかかっていた光景だった。


 だがしかし、そんなことあるはずがない。

 剣で魔術に抗うなど、そもそもできる訳がないのだ。それは常に剣の携帯を義務付けられている騎士だからこそよくわかる。


 魔術に剣で対抗など無理な話なのだ。そこには明確な優劣がある。


「剣で確かに触れてましたが……それがどうしたというのですか? そのまま飲み込まれて終わりでしょう」

「パッと私の魔術が消えたのは見ただろ」

「そ、それはそう言う魔術では……」

「僕の魔術なら、この先数十メートルにわたって更地になっているよ」

「なっ……」

「彼はね――」


 剣聖は楽しそうに笑みを浮かべながら言う。


「魔術を斬ったんだ」

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