第30話 疑い

 声に振り返ると、そこには鎧を着た人間が立っていた。声から察するに男だろう。

 腰には剣、そして鎧の上からローブを羽織っている。


 月が鎧に反射して白く輝く。


 この鎧、見た事ある……確か……。


「…………騎士団……?」

「動くな、"切り裂き魔"」

「……は……?」


 なんだ、今なんて言った?


 俺が……切り裂き魔!?

 しかし、周囲には他に誰も居ない。


 どう考えても、俺に言ってる……よね?


『ちょっとこれは……まずいかも』

「だよね……」


 正面の騎士の顔は見えないが、明らかに警戒態勢だ。

 なんとか弁解しないと。


「あの、何か勘違いしてるみたいですけど……俺は犯人じゃないです」

「言い逃れできる状況だと思っているのか?」

「だから、えっと……たまたまここを通りかかっただけで……」

「通用すると思っているのか? こんなことをしでかしておいて」


 騎士は俺の足元に横たわる遺体を指さす。


 なんだ、この圧は……。

 まるで俺を犯人と決めつけているかのような……。


「俺には何がなんだか……」

「とぼけるな……! お前のせいでどれだけの人間が犠牲になったと思っているんだ!」


 騎士の声には明らかな怒りが含まれていた。

 切り裂き魔。剣士だけを狙った犯行。この足もとで倒れている人の近くにも剣が転がっている。


「……いいか、ここには"魔術結界"が張られていた。人除けの結界だ。死んでしまった彼から救難の信号を受け取り、即座に展開した。つまり、犯行後にこの場に犯人以外が居られるわけがないんだ。だからこの場に居るのは切り裂き魔しかありえない」

「人除けの結界……?」


 魔術結界……?

 確かに人気が明らかに少ないとは思っていたけど、それが結界だって?


 じゃあなんで俺には効かなかったんだ?


『盲点だった……』


 え?


『人除けの結界は"外"と"中"、その魔力濃度の差を利用して"中"を知覚できなくさせる魔術だ。"中"にいた人間は無意識に外へ向かう。……でも、ホロウは魔力に敏感だ。だから、人除けの結界があっても"中"を認識できてしまう。違和感を覚えたとしても、その程度だ。ホロウには効かない』

「なっ……」


 そんなことがあるのか。

 確かに違和感は感じたけど、本来は違和感を感じることもなく認識できないってことか。あらゆる魔術を斬れるとはいえ、そんな体質まであるのかよ……!


「つまり……人除けの結界内に居るお前は切り裂き魔でしかないんだよ……!」

「ち、違う! 俺はただの冒険者で――」

「ただの冒険者が結界を突破できるものか! この結界は賢者ディエンバルド様が張ったものだぞ、一介の冒険者如きに突破できる物じゃない!」

「…………」

「それに、切り裂き魔が使う武器は被害者の傷口から"刀"だと判明している。刀を使う者はそれほど多くない。この状況に、その手の武器……これ以上の証拠が必要か?」


 おいおいおい……これって結構まずい状況……?


『やばいかも。どうする、倒す?』


 いや……さすがにこの街を守ろうとしている騎士を攻撃するのは……。


 ――ここは逃げよう。


 俺はチラッと後方の通りを見る。あそこまで駆け抜ければ、何とか逃げ切れるかもしれない。


 騎士とのにらみ合いが続く。

 明らかに俺への敵意が強い。このままだと恐らく攻撃される。


 騎士が右足を僅かに前に出した瞬間。

 俺は、身体を180度回転させ、真後ろの大きめの通りへと走り出す。


「待て! "風刃"!!」


 ヒュ! っと風が吹き抜け、目にみえない風の斬撃が俺を襲う。

 俺の周囲の木箱や板が粉々に切り裂かれ、石の壁に深い爪痕を残す。


「だから……俺は違うって!!」


 俺は刀を後方へ振り、魔術を切断する。


「なっ!? 何か未知の魔術……!? やはり……!」


 何か勘違いしているようだが、今は構っている暇はない。今は一刻も早くこの場を抜ける!


 ――が、騎士ももちろん一人で来ている訳ではなかった。


 路地の終着、大通りと面した場所から、三人の騎士が新たに姿を現す。


「包囲されてる!?」

『完全に獲りに来てる……! 運が悪かったわ、完全に今日、騎士団は切り裂き魔を捕まえる気だったみたいね』

「結界まで用意してるならそうか……くそっ、タイミング悪すぎだ……!」


「止まれ!! この場で死にたくなかったら大人しく投降しろ! 今日この場には剣聖――」

「悪いけど俺犯人じゃないんで逃げさせてもらいます――よっ!」


 俺は勢いよく壁を駆け上がり、グッと壁を蹴ると騎士達の頭の上を通り越し、そのまま通りへと着地する。


「なっ……何て身のこなし……!」

「"水流弾"!」


 着地を狙い放たれた水の弾丸を、俺はカスミで切り落とす。


「!? な、なんだ!? 俺の魔術が……!?」

「さっさと逃げる! 追ってこない方がいいですよ!」


 俺は一気に地面を蹴り、通りを走り出す。


 正面からは続々と騎士達が押し寄せてくる。


「おいおい……なんでこんなことに……!」

『今は逃げるしかないわ。なんとか突破しましょう!』

「くそ、切り裂き魔……! 覚えておけよ!」


 俺はカスミを構え、夜のリドウェルを駆け抜ける。

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