第20話 ウッドワン戦

 俺は急いでセシリアの後を追う。あの魔力……やはり放置できない。


 たどり着いた水場で目に飛び込んだのは、セシリアの背を狙い魔術を発動しようとするウッドワンの姿だった。


 やっぱり……!


 と、思った瞬間には俺の身体は動いていた。


 加速。一足で一気に駆け抜け、ウッドワンが発動させた魔術を無造作に切り捨てる。


 魔術を斬るときの独特な感覚が、指先に伝わる。


「!?」


 発動したはずの魔術が目の前でかき消え、ウッドワンの目が見開かれる。


「今……何をした……?」

「斬った」

「ホ、ホロウ……!」

「危なかったね、セシリア」


 セシリアは慌てて立ち上がる。

 自分が危なかったことは理解しているようだ。


「斬った? 世迷言を。それにしても……よく助けに来たね。気付いていたのかな」

「まあね。身体からあふれ出てたよ、ガイの周りにあった魔力反応と同じものが」

「何……? まったく、常識がないのかそれとも適当言っているのか。魔術は斬れないし、魔力何てそう簡単に探知できる物じゃないぞ? まあ、あの高価な探知機を個人で所有しているなら別だが」


 そう言ってウッドワンはゆらりと体制を立て直し、俺の方を見る。


「ウッドワン……。あんたは人が死ぬのが嫌だと言っていたと思ったんだけど」

「はは、そんなの嘘に決まってるじゃないか」


 ウッドワンは言い切る。


「言ったろ? 僕は二次試験は五回目……。過去の試験でなんども死者が出たと言ったろ? もちろん、僕が殺したのさ。あの金髪のガキ同様ね」

「……何がしたいんだ」

「何がしたい? わからないのか?」


 ウッドワンは困惑した表情を浮かべる。


「楽しいからに決まってるじゃないか! 冒険者? そんなもの興味はない。冒険者試験は受験者しかいない閉鎖空間。しかも死者は試験での死者と判断される。僕の殺しは露見しないんだ。こんな楽しいことないだろ?」

「お前……」

「そう眉間に皺を寄せるな。殺しを楽しめないのは損だぞ? 油断しきった獲物を背後から切り刻むのは心地が良い……。冒険者で魔物を討伐しているだけじゃ得られない快感を得られる! この試験は半年に一回の僕の狩場だ。まあ、さすがに五回も僕が連続で生き残るのも疑われそうだから今回は傷を付けて帰ろうと思ったわけさ。結構利口だろう?」


 ウッドワンは楽しそうに笑う。

 

 何が面白いんだ、こいつは。

 吐き気がする。


 まだ俺を家畜呼ばわりしていたあの家の人間の方が、まだ理解できる。


「俺には理解できない。あんたはただのクズだ。人殺しが楽しい? ふざけるな。俺はあんたみたいな人間を許せない」

「意外と正義漢だったかな?」

「正義とかそう言う話じゃない。当たり前のことだ」

「はは、面白いね君。弱いくせに一丁前に語るのは滑稽だよ。……何で僕がべらべらと話したか分かるかい? もちろん君たちを生かしては帰さないからさ」


 そう言い、ウッドワンは両手を構える。

 

 戦うしかない。生き残るには。

 それに、悪人を見逃すことはできない。


「かかってこい。剣士として相手してやる」

「はは、カッコいいねえ」

「ホロウ、私も――」


 セシリアが言葉を発するのを俺は制する。


 セシリアは俺の目を見て何かを察したのか、大人しく頷き一歩下がる。


「へえ、ホロウ君。君だけかい? いいのかな、僕は多くの魔術師を殺してきた言わば"魔術師殺し"さ。一人で平気かい?」

「あぁ。随分と自分が他の人間より上位にいると勘違いしてるみたいだけどさ。俺はそう言う奴が大嫌いなんだ。それに、俺は"魔術師"じゃない。そんな大層な自称、無意味だよ。俺はこの刀で、お前を倒す」

「ははは! 魔術師じゃない!? 刀!? はは、笑わせる。いいだろう、まずは君を切り刻もう。その後はそっちの女だ。男は切り裂く肉質が良く、女の悲鳴は心地よい。フルコースといこう」


 ウッドワンは構える。


 完全に俺を見くびっている。

 魔物に比べれば、魔術師など俺の敵じゃない……!


「こい、ウッドワン。正面からぶった斬ってやる」

「後悔しても遅い。冒険者になろうなどと舞い上がった自分を恨むんだな」


 ウッドワンの身体の前に魔法陣が展開される。


 そこから放たれるのは、風属性魔術。


「"風太刀"! そのナマクラ刀で何ができる!!」


 見えない風の斬撃が俺目掛けて放たれる。


 本来なら風による見えない速攻攻撃。しかし、俺にはこの"感覚"がある。


 俺はその斬撃を軽く避けて見せる。


「ちっ、運のいい奴だ。身体能力はそれなりか……! だが、これなら避けれまい!」


 展開された魔法陣から、風の塊が一気に押し寄せる。

 風圧での広範囲制圧。


「木に叩きつける! 圧殺だ!!」


 歓喜の声を上げるウッドワン。

 しかし。


 俺は刀を魔術に差し込む。

 右斜め上から左斜め下へ。


 風の塊はフワッと渦を巻くと、まるで何もなかったかのように消え去る。


「――――はっ?」


 ウッドワンは目の前で起こった現象が理解できず、唖然とした表情を浮かべる。

 ポカンとした顔は、なんとも阿呆らしい。


「今何……何が……? 僕の魔術が……消えた?」

「斬った」

「は、ははは……何が斬っただ! そんなこと出来る訳ないだろ!」

「出来るよ。もっと撃って来たら?」


 俺は刀をふっふっと素振りし、挑発して見せる。


「……いいだろう。僕は常に上位者なんだ、僕の魔術を止めることなど出来ない!!!」


 複数展開された魔法陣から、複数の風の刃、そして風の塊が一斉に射出される。


 俺は一歩も下がらず、むしろゆっくりとウッドワンに近づきながら魔術を破壊していく。


「なっ……!! くそ、くそ!! 止まれ……!」


 次々と魔術を連発するウッドワン。しかし、無駄な抵抗だった。


 魔術は俺にとって、なんら障害にならない。


 何発もの魔術を放ち、ウッドワンの息が上がる。

 徐々に近づく俺に恐怖心を抱き、その表情はどんどん歪んでいく。


「な、なんなんだ!! 君は一体――」


 最後の風を切断し、俺はウッドワンの間合いに入る。


 ウッドワンは尻もちを付き、地面に這いつくばりながらわなわなと震えだす。

 自分の死の予感に、身体が反応しているのだ。


「な、なんだっていうんだ……くそっくそっ……! 魔術を斬るなんて……そ、そんなの魔術師に勝ち目何て……!!」

「終わりだ」

「くそ、こんなの……魔術の天敵じゃないか……! き、君は……魔断の剣士とでも――――」


 俺は最後の言葉を聞かず、その刀を振り下ろす。


 ゴンッ!!


 と鈍い音がして、ウッドワンは白目をむいてその場に倒れこむ。


 まだ今までの罪を償わせていない。

 ギルドに生きて渡す必要がある。そう自分に言い聞かせて。

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