第10話 盗賊団

 言ってすぐ、馬車は大きく横転する。

 俺たちは投げ出されないように必死に掴まる。


「うぉぉぉ、なんじゃあこりゃあ!!」

「くっ……!」


 ズザザと馬車がすべり、積み荷が散乱する。


 激しい衝撃の後、横転した馬車はゆっくりと停止する。


「いってえ……な、なんだ……? ――っと、悪い悪い!」


 カレンの身体が俺に馬乗りの様に乗っかり、若干苦しい。

 カレンはすぐさま俺の上から退ける。


「いや、大丈夫。……カスミは平気か?」

「いてて……うん」


 カスミは少し頭を打ったのか渋い顔をしながら後頭部を擦っている。


 事故か? 敵襲か……?


「おい、見ろあれ」


 カレンに言われ前方を見る。


 すると、俺達の進行方向には炎が燃え盛り、まるで壁のように立ちはだかっていた。


 なるほど、馬が炎に驚いて急に曲がろうとしたせいで横転してしまったようだ。


 だが、こんな道の真ん中で突然炎が発生する訳がない。


「火属性の魔術……自然発生な訳ないよね」

「つまり敵襲だ! シオン、迎え撃つぞ!」

「ええ!」


 カレンとシオンは勢いよく馬車から飛び出す。


「俺も――」

「いや、ホロウはここに隠れてな! 私達の力、見せてやるよ!」


 すると、正面横の茂みががさがさと揺れる。

 そこから男たちが続々と姿を現す。


 その数八人。


 男たちは無言のままリーダーらしき先頭の人物が下す合図に合わせて、一斉に動き出す。


「カスミ」

「うん」


 カスミは刀へと変形し、俺の手の中に滑り込む。

 いつでも戦えるように。


 まあとりあえず、あの二人の先輩冒険者の力を見てみるとしよう。


「う、うわあああ!!!」


 いつの間にかモンドは男達に馬車から引き摺り下ろされており、縛り上げられていた。手に持ったナイフを首元に当てられ、身動きが取れなくなっている。


「おい、積み荷を寄越しな」

「や、やめろ……!」

「おっさんを放しな!! "火閃"!」


 カレンが放った直線状の火属性魔術が、モンドを捉えている男の頬を掠る。

 男の被っていてローブが吹き飛び、顔が露わになる。


「あぁ……? んだ、護衛か?」


 男は気にも留めず、ただ疑問を口にする。


「そのまさかさ。私達が護衛してる馬車を襲うなんて運の尽きだぜ。――ってあんたその顔…………まさかバロン一家か」

「ほう、俺達を知ってるか」

「当然でしょ。バロン一家頭領、バロン・クオーツ。冒険者ギルドの賞金首じゃねえか。これはラッキー、任務報酬に加えて報奨金も手に入るとか」


 すると、くっくっくとバロンは笑い声を上げる。


「はっ、何がおかしいんだよ」

「いやなに。そう言って多くの冒険者が死んでいったからな。またかと思ってな」

「言ってろ」


 バロンは野獣のような眼光を光らせ、ニヤニヤと笑みをこぼし、顎髭をなぞる。


「にしても……よくみりゃお前ら二人なかなかの上玉じゃねえか。殺すのは惜しいな。……よし、気が変わった。女達を捉えろ」

「はっはぁ! いいんすか、お頭!」


 盗賊たちは下卑た笑い声を上げる。


「たまには俺達にもご褒美ってのが必要だろ。それにしても――」


 バロンはなめるようにカレンたちを見る。


「いいねえ。胸もデカい、顔もいい。なかなかにそそるぜ。さっさと服引ん剥いてお楽しみと行こうじゃねえか」


 カレンは眉間に皺をよせ、べぇっと舌を出す。


「うげえ、気持ち悪……生憎、あんたみたいなおっさんに身体を許すようなバカじゃねえ。なあシオン!」

「当然ね。下品な輩は許しておかないわ」

「かっか……気が強いのもいいねえ。その強気な顔が恐怖と快楽に歪んでいくのが楽しいのよ。――やれ、てめえら! 久しぶりの女だ!」

「「うおおおお!!!」」


 バロンの合図で、盗賊たちが一斉に襲い掛かる。


「指一本触れさせないよ!!」


 魔術と魔術の激突。初めて見る魔術による集団戦闘。


 火属性の魔術を使い、カレンは盗賊たちを翻弄して見せる。

 シオンも杖術と水属性魔術を巧みに組み合わせ、カレンをサポートしていく。


 あの人数相手に引けを取らない。

 これが蒼階級の冒険者か。確かに戦い慣れているな。


「けっけっけ、粋がいいねえ。だが!!」


 頭領のバロンは、真っすぐシオンへと向かう。


「きもい男はお断りよッ!」


 シオンの水魔術が、バロンを押し流そうと放たれる。

 ――しかし。


「効かねえ!!」


 瞬間、シオンの水が一瞬にして凍り付く。


「なッ!?」


 放たれた水が凍り付き、そのままシオンの下半身を氷漬けにする。


「氷像の出来上がりだ。動くんじゃねえぞ!」

「シオン――――ッ、私も足が!? なんて範囲の氷魔術……!」


 一瞬の隙を突いたバロンの氷属性魔術。 

 二人は一瞬にして行動の自由を奪われる。


「おらぁ!!」


 身動きの取れないカレンに、バロンのパンチが炸裂する。


「うぅ……!!」


 カレンの顔から鼻血が垂れ、カレンは涙目で顔を抑える。


「ち、畜生がぁ……!」

「おっと、こんなんで倒れるなよ? お楽しみはこれからだぜ」


 バロンはカレンとシオンの髪を掴み、顔を上げさせる。

 未だ鋭い眼光で、カレンはバロンを睨みつける。


「ほぅ、まだそんな気力があるか」


 バロンはカレンの頬をぐいっと掴み、強引に引き寄せる。


「可愛いねえ。その反抗的な顔が余計にそそるぜ」

「うるぜぇ……!」

「おー怖い。じゃあそろそろその服をひん剥かせてもらおうかなあ!!」


 完全に勝敗は決してしまった。

 モンドは捕まり、カレンもシオンも拘束されてしまった。これ以上盗賊たちの好きにさせる訳にはいかに。


 俺が行くしかない。

 ……だが、蒼階級の冒険者でも敵わない相手。


 僅かな恐怖。

 それも仕方がない。だって今まで俺はあの家で模擬試合しかしたことがない。命がけで戦ったことがないのだ。カスミのダンジョンで魔物とは幾度も戦ったが、悪意をもった人間というのは相手にしたことがない。


 ――と、頭の片隅で小さく思う。


 だがそれよりも。

 今まで培ってきた剣技が、命がけの戦いでどれだけ魔術師相手に通用するのか。それが知りたくて俺の身体はうずうずしていた。


『ホロウなら勝てるよ。私が保証する』

「――あぁ。行くぞ、カスミ! 修行の成果を見せる時だ……!」


 バロンの手がカレンの服を引き裂こうとした瞬間。


 俺は勢いよく馬車から飛び出す。


「ッ!?」


 縦に振った刀は、バロウとカレンの間に割って入り、バロウは一瞬にして後方に飛びのく。


「な……ホロウ何で出てきた!?」

「ホロウ君!?」


 まさか俺が出てくるとは思わず目を見開く二人。

 自分たちが拘束されてこれから酷いことをされるかもしれないというところだったというのに、まだ俺のことを心配してくれるとは。


「あぁ……? まだ残ってる奴がいたのか」


 バロウは楽しみを邪魔されて不機嫌な面で吐き捨てる。


「だめだホロウ! 剣術だけじゃこいつらには勝てない! いいから逃げろ!!」

「安心してよ。俺はこういうときの為に剣を磨いてきたんだ……!」

「げ、現実を見ろ!! 蒼階級の冒険者である私達でさえ歯が立たないんだ、冒険者でもない、ましてや魔術も使えないあんたが戦ったところで……!」


 その言葉、何度も家で聞いてきた。


 だけど、俺はもう家畜じゃない。

 今こそ、俺の力を使う所だろう? そのために鍛えてきたんだ!


『その通りよ! 見せてやりましょう、私達の力を!』

「あぁ、害虫駆除の時間だ……!」

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