第7話 クエン戦
翌日。
結局アラン兄さんの直談判は取り付く島もなく却下されたようで、予定通り朝から俺達は訓練場に集められた。
俺が訓練場に到着すると、すでに全員が集まっていた。
「ほ、本気ですか!?」
驚きの声を上げるセーラ先生。
どうやら、これから行われる戦いは寝耳に水だったようだ。
「安心しろ。お前はアランとクエンの魔術教育に多大な貢献をしてくれた。仕事はなくなるがしっかりと新たな仕事や住まいの手配はしてやる」
「そうではなく……本気でホロウ君を……!? 剣術と魔術ですよ!? 勝負にならないことくらいあなたが一番よくわかっているでしょう……ホロウ君をクエン君に殺させる気ですか!?」
その言葉に、父さんは何も言わず睨みつけるようにセーラを見る。
「…………本気なんですね」
「当たり前だ。さっさと始めるぞ、揃ったようだ」
全員の視線が、俺に注がれる。
『人気者だね、ホロウ』
「皮肉か?」
『ふふ、あのクソおやじの鼻っ柱をへし折ってやりましょ』
「それには賛成だ」
「ホロウ君……」
セーラ先生は、ものすごい同情をするような目で俺を見てくる。
まあそりゃそうだろうな。魔術師に対しての勝率は0ではない、程度の評価なんだ。クエン兄さん相手に勝てるわけがないと思っているんだろう。
だが、今日の俺の目的は勝ち負けじゃない。
ただ一流の魔術師に対して俺の剣術がどこまで通用するか、それが試してみたいだけなんだ。
「安心してよ、先生。この剣でどれだけやれるか楽しみなんだから」
「君は…………怪我だけはどうか」
セーラ先生はそっと俺の頭を撫でる。
すると、パンパンと父さんは手を叩く。
「さっさと始めるぞ。クエン、準備はいいか?」
「もちろん、絶好調さ! 学院で学んでさらにパワーアップした魔術をお見せしますよ!」
「それは楽しみだ。遠慮はいらない。ヴァーミリア家の一員として相応しい戦いを見せてみろ」
「はい!」
クエンはニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべ俺の方を見る。
まるで獲物を与えられた犬だな。
クエンはそのまま訓練場の中央に立つ。まるで成果発表会かのように、負けるなど微塵も思っていない、堂々とした立ち居振る舞い。白い魔術戦闘服に身を包み、それに青い髪が映える。
「クエン兄さん」
「くっくっく、良く逃げなかったなあ、ホロウ。魔術の恐ろしさを知らない訳じゃあるまいに」
「まあね。クエン兄さんも剣術の恐ろしさを知らないだろ? 教えてあげるよ、いつもの
クエンの額が、ピクリと動く。
「……ほう、言うようになったな、家畜の分際で。魔術を使う者を人間と呼ぶんだ。九年前のあの日、お前は家畜に成り下がった。本来なら言葉を交わすことすらおこがましいが、何故かお前に優しいアラン兄さんに免じてこうして話してやってるんだ。もう少し畏まったらどうだ? 尻尾振って首を垂れるなら、重症くらいで済ませてやるぞ」
「面白いことを言うね、クエン兄さん。学院にいって話術でも磨いてきたの?」
「あぁ……!?」
その俺の言葉に、クエンの顔が邪悪に歪む。
「随分舐めた口効くようになったじゃねえか
「別にクエン兄さんに家畜呼ばわりされるなんてもう慣れっこさ。今更気にならないね。ただ、多少の恨みはもしかしたら剣術に乗っかるかもしれない。だから……死にたくなかったら防御に徹した方がいいよ」
「――ぜってえ殺す」
『私達の初陣には持ってこいだ! かましてやろう、ホロウ!』
「当然!」
「それでは、私が闘いを取り仕切らせてもらうわ。二人とも、準備はいい?」
俺とクエンはお互い先生に頷く。
「――それでは、始め!」
その声を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
「さあこい、クエン兄さん……いや、魔術師!」
俺は刀を抜かず、腰を落として刀にそって手を添える。
「何の真似だ、家畜。この期に及んで命乞いをする気になったか? まあ今更助ける気は毛頭ないが」
「まあ見てなって。いつでもかかってきていいよ。これが俺の剣術だ」
「……そうか。随分と殺して欲しいみたいだなぁぁ!!」
そう言い、クエンは右手を前にかざす。
瞬間、魔力が一気に練り上げられるのを感じる。
クエンの手の前に魔法陣が浮かび上がる。
あれは――火属性の魔法陣……! クエンの適性属性!
「焼け死ね! "
展開された魔法陣から、直径二メートル級の火球が射出される。
轟轟と炎の燃え上がる音が弾ける。
一気に気温が上がり、俺の肌がチリチリと熱くなる。
「なっ……クエン! ホロウを殺す気か!?」
「くっくっく!! 父さんからはそう聞いてるぜ!!」
加減のない、特大の火球。
先生でさえこの規模の火球は出せないだろう。
腐っても魔術師としての才能はずば抜けているか。
『関心してないでいくわよ』
あぁ、わかってるさ。
俺はその火球が放たれるコンマ数秒前、火球の方へと自ら動き出していた。
それはまるで火球へと突撃するかのような、低空姿勢での突進。
「なっ、自滅する気か!?」
アラン兄さんが俺の予想外の動きに慌てるが、俺には視えている。
「ははぁ! 炎に錯乱するとはまさに家畜! 相応しい死に際だぜ!!」
迫りくる巨大な影を正面から迎える。
クエンの想いとは裏腹に、俺はすんでのところで火球の軌道下を掻い潜る。
放たれた火球が俺の頭上スレスレを、熱気を上げながら通過する。
綺麗にすれ違った俺は、そのまま魔術発動直後のクエンに詰め寄る。
「ははは! 丸焦げだ――――あぁ!?」
予想に反し、火球を掻い潜ってきた俺の姿にクエンは思わずアホな声を上げる。
無意識か、そんな避けられ詰められる経験がないのか、僅かにクエンの足が後方へと退く。
「な、何故この威力の火球を前に踏み込める!?」
まずは挨拶代わりの一発――!
「ふっ!!」
身体を捻り、刀を鞘の中で加速させる。
引き抜いた刀は、目にも止まらぬ速さで半月状の軌跡を描く。
「――――」
セーラ先生も、刀を受けたクエンも、そして父さんさえも――。
この場にいる誰もが、俺の動きが全く目で追えず唖然とした表情を浮かべている。
「なに……が――」
瞬間、クエンの胸元が引き裂かれ、露わになった胸元からじわっと血が滲み出る。
「ぐっ……こ……れは……!?」
それに気づき、クエンは慌てて後ずさりする。
額には汗が滲んでいる。
だが、その引きを俺は見逃さない。
さらに追撃するように二の太刀、三の太刀を加える。
「ぐぉ……ぉ……ウ……"
一瞬にして魔法陣が浮かび上がり、俺とクエンを引き裂くように一枚の土の壁が地面からせりあがる。
クエンは火だけでなく、土属性魔術までも多彩に操ることができる。
だが――。
「俺には関係ねえ! 視えてるぜ、クエン兄さん!」
俺の特異体質が、その魔術の根底を見抜く。
派手な破壊もなく、大げさな爆発もない。
ただあっさりと。
魔力の結び目を解く特異な攻撃が、土の壁をいともたやすく元の土塊へと返す。
「なにっ!?」
クエンの顔は、予想以上の恐怖がにじみ出ていた。
安全圏から放たれる高威力の魔術。それは攻防一体の攻撃となり、近距離での戦闘など起こるはずもなかった。
だが今、俺の刃はクエンに肉薄していた。
首元まで迫る殺気。魔術を出しても意にも介さず突っ込んでくる、
クエンの額に溢れ出る汗と、僅かに震える手が
初めて感じる、死の予感。
「あれ、予想外だった? まさか俺じゃあクエン兄さんに傷一つ付けられないとでも思ってた?」
「…………ッ」
クエンは自分の胸元に触れながら、ごくりと息を飲む。
「こ、この俺の魔術が……たかが剣術如き……たかが家畜ごときに……!!」
わなわなと怒りに震えるが、もはや最初の威勢はない。
俺は肩を竦める。
「致命傷を負わないと理解できない感じ?」
「――!」
「す、すごい……すごいぞホロウ!!」
遠巻きに眺めるアラン兄さんは、目を輝かせて声を上げる。
その隣で父さんは表情を変えない――しかし、僅かにその眼の奥が揺れているのを俺は感じ取っていた。
初めて見る、父さんの動揺。
「ホロウ、お前は遂に剣術を――――」
「何をやってる、クエン!!」
父さんの喝が飛ぶ。
「油断何かするからそんなことになるんだ。気合いを入れろ! 家畜にいいようにされてどうする!! たかが剣術……魔術も使えない家畜だ! 俺は貴様をそんな風に育てた覚えはない!」
相変わらずの家畜呼ばわりご苦労様です。
クエンはその声に、必死にコクコクと頷く。
『嫌だ嫌だ、ホロウの力をまともに見ようとしないなんて上に立つ者として失格ね。もう決まりだ』
カスミの声が冷たい。
「そ、そうだ……俺はただ油断してただけだ……! あの家畜だぞ? 何かの間違いに決まっている……! この俺は、ヴァーミリア家が次男、クエン・ヴァーミリア! この俺が負ける訳がないんだ……訳がないんだあああ!!」
自分を奮い立たせるように、クエンは声を張り上げる。
「かかってこい、クエン!!」
「ほざけぇ! 魔術師こそが最強なんだ!!」
「魔術師が最強? はっ、そんな常識……俺がひっくり返してやる! これは最初の一歩だ。お前たちは精々、俺が成り上がってく姿を指くわえて下から眺めてるんだな!!」
「ふざ……ふざけるなああ!! ここで死ね、家畜がああ!!」
クエンが多重の魔法陣を展開する。
同時に三種類以上の魔術を発動――確かに、魔術師としては才能の塊だろう。
だが――。
「俺の剣の前じゃ無意味だ」
俺は鍛え上げた脚力で一気に詰め寄り、掲げた刀を高速で二度振り切る。
刹那。
クエンが展開した魔法陣が、全て音を立てて壊れる。
「は――――はぁ……?」
本来有り得ない事態に、クエンの思考が追い付かない。
「な、な……に……が……」
「終わりだ」
「ぐぅ……! うわああああ!! し、死にたくない……!! やめ、やめてくれ……ホ、ホロウ! きょ、兄弟だろ!? こ、殺すなんて冗談さ……!」
半べそをかきながら、醜い顔で慌てて逃げ出そうと地面に尻もちを付き、後ずさりながら懇願する。
あぁ、こんな顔みたくもない。
俺はニッコリと、クエンに向かって微笑む。
「は……はは……!」
――と、次の瞬間。
クエンの眼前に魔法陣が浮かび上がる。
「す、隙だらけだぜ、クソ野郎がああ!! 俺様が負ける訳ないん――――」
しかし。
魔術の発動の予兆を感じ取った俺はそれに騙されることなく、一振りで魔法陣を破壊する。
俺はそのまま切り上げた刀を切り返し、クエンの身体の右斜め上から思い切り振りぬく。
「ぎゃああああああ!!!」
クエンは無様な声を上げ、その場に倒れこむ。
静寂が訪れる。誰も想像だにしなかった光景に、一言も発せないでいた。
ここに、クエンとの決着がついた。
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