第一章 ヴァーミリア家編

第2話 魔術破壊の祝福

「はぁ!!」


 俺は家の倉庫から拝借した剣を垂直に振り下ろし、四足歩行の魔物、ライガを一刀両断する。


「ウガァアアアア!!」


 断末魔の叫びを洞窟内に響かせ、ライガは力なくその場に倒れこむ。

 ドクドクとした血が、地面に広がっていく。もう動くことは無い。


「ふぅ……」


 俺は額にかいた汗を拭い、剣を地面に突き立てて一呼吸入れる。


「やっぱり動かない木人とは比べ物にならないなあ。でも……よしよし、ライガレベルなら俺でも魔術なしで倒せるようになってきたぞ」


 俺はグッと拳を握る。


 父さんから家畜呼ばわりされてから早五年。

 俺は立派に十歳になっていた。


 あの日以来、当然のように父さんは冷たくなり、家では非常に肩身の狭い思いをしていた。


 相変わらず魔術の訓練は続いているが、全くと言っていいほど使える気配はない。


 幼い頃は、父さんに見捨てられたくなくてそれはもう本当に吐きながら訓練をしたものだが、それもとうとう続かなくなった。魔術に対して憧れがない訳ではなかった。だがしかし、それ以上に身体が拒絶し、俺はその苦痛に耐えられなかった。


 だがそんなことがありつつも俺が腐らずにここまで成長できたのは、この家で唯一の良心、アラン兄さんのおかげだろう。アラン兄さんはことあるごとに心配してくれて、俺に対しても変わらず接してくれた。本当に感謝しかない。


 とはいえ、この体質は別に悪いことばかりではなかった。


 それは、剣との出会いだ。

 魔術の先生であるセーラは、魔剣士だった。魔剣士とは、普通の魔術師とは違い、武器と魔術を使って戦う者の総称だ。


 それもあり、俺はセーラ先生から魔術の拷問――もとい訓練だけでなく、剣術も教えてもらっていた。どうやら俺には魔術の才能が0の代わりに、剣術の才能というやつがあったらしい。


 六歳の頃には頭角を現し、九歳を迎えた頃にはセーラとの剣術のみによる一対一の戦いでの勝率は、三割近くを誇っていた。


 それにセーラ先生は酷く感激し、父さんへ俺の剣術の凄さを力説していたが、あの魔術絶対マンの父さんがそれに興味を示すはずはなかった。


 さらに、俺にはもう一つ秘密があった。

 それは、この忌々しい"魔力過敏体質"がもたらした副産物。


 それは――"魔術破壊"の祝福。


 皮肉な話だが、魔術を扱えない代わりに魔術を破壊する術を手に入れたのだ。


 原理は正直分からない。だが、その力は確かなものだった。


 それはある時の訓練中。

 自分の魔術はからっきしだが、先生の魔術が発動することに関して敏感に察知し、発動前に回避動作をすることが出来た。先生に言わせれば第六感だとか危機察知能力だとかいう話だが、その頃から俺は発動する魔術に、確かな魔力の反応を感じ取っていた。


 さらに、訓練中のクエン兄さんが放った火球ファイアボールが俺の方に飛んできた時のこと(わざとかどうかは審議が必要)。俺は無我夢中で咄嗟に持っていた剣でそれを振り払った。


 すると、どういう訳かその火球はまるで紐が解けるように分解され、魔力の塊となって霧散していったのだ。


 その時俺は、この"魔術破壊"のことを認識したのだ。 

 この体質は、何も魔術を使えなくする呪いというだけではない。見方を変えれば、普通の魔術師よりも魔力に対して敏感に反応でき、本来触れることのできなその奔流に手を伸ばすことができる。


 その出来事をきっかけに、俺は自分のことが少しずつ好きになっていった。


 この俺の秘密の特訓場所もその力によって見つけたものだ。

 ここは家の北側に広がるアズベールの森の一角。世間一般で言えばダンジョンと呼ばれる場所だ。


 ダンジョンは国が管理しているため、未発見のものというのは滅多に存在しない。だが、ここには何か"認識を阻害"するような魔術が施されていた。だから誰にも気づかれずずっと放置されていたのだ。


 しかし、俺の身体は魔術を過敏に感じ取る特異体質だ。

 その体質のおかげで、本来は見逃すはずのダンジョンの入口を容易に見つけることが出来た。


 さらに、入り口には封印の魔術が施されていたが、俺はその封印をあの時の火球のように簡単に破壊出来た。

 

 だから、ここは俺しか知らない秘密の特訓場所なのだ。

 剣術を磨く、最高の穴場スポットだ!


 ここで俺は、先生から学んだ剣術を実戦で活かすという生活をずっと繰り返していたのだった。


◇ ◇ ◇


「アラン、学院はどうだ?」


 夕食時。

 俺たちは一家で食堂に集まる。もちろん、俺は一人離れた場所でポツンと食事をとることになっている。ま、もう慣れたもんだ。


「なかなか刺激がありますよ。やっぱり王都の魔術学院はレベルが違いますね」

「そうか。だが、主席だそうじゃないか。よくやっている。俺も若い頃は学院でトップを争ったものだ。そのまま精進しろ」

「はい」


 アラン兄さんは今十五歳。

 今年から、王都のリグレイス魔術学院へと通っていた。


 リグレイスは名門中の名門。有名魔術師の多くがここの卒業生だという。魔術師ならば誰もが目指す学び舎だ。


 我がヴァーミリア家も当然、名門としてこの学院への入学が半ば義務の様になっている。


 受験期のアラン兄さんはそれはもう鬼気迫る勢いで勉強に訓練に邁進し、俺のことを構っている余裕はなかったが、アラン兄さんは長男だ、父さんの期待に応え未来の当主として責務を全うしなければならないということは、十歳の俺でも理解出来た。


「クエンも、大分魔術が上達したようだな」

「はい、父さん! アラン兄さんが勉強に集中している間に魔術を徹底的に磨きましたからね! もしかしたら、実技ならもう兄さんを超えたかも」

「はは、言うじゃないかクエン。だが、僕だって負けてないよ。リグレイスの授業は素晴らしい。セーラさんの訓練もかなり質が高かったけど、やっぱり名門の授業は凄いものがある」

「へえ。まあ、俺もいずれリグレイスに行くんだ、すぐに追いついてやるさ」

「楽しみにしてるよ」


 ヴァーミリア家は、この二人の兄弟により未来は盤石だった。


 物腰穏やかで、聡明。魔術の実力も申し分のないエリートであるアラン。

 喧嘩腰で粗暴なところはあるが、魔術を使った戦闘センスが高いクエン。


 周囲からの評判も高い、父さんも鼻が高い二人だ。


 だがしかし、その評判を引き摺り落とす厄介な存在が居た。

 そう、俺ホロウ・ヴァーミリアだ。


 俺の体質が判明した時、父さんは箝口令を敷いた。

 うちの家から家畜を出すわけにはいかないと。


 しかし、噂というものは怖いものだ。

 "魔力過敏体質"という具体的な話はでないまでも、あの家の三男はどうやら魔術が使えないらしいという噂は確実に広まっていた。


 積極的に表に顔を出すアランとクエンの二人とは対極的に、全く家から出してもらえない三男。自信家な父さんが、一切三男を表舞台にださない。その事実が噂を加速させた。


 ――まあ、俺には関係ない話だ。

 俺は剣術を磨き、あの特訓場で強くなれればそれでいいのだ。強さがあれば、虐げられることもない。今は力を蓄える時だと、俺はそう思っていた。

 

 まあ、アラン兄さんの受け売りだけど。


『お前には剣術の才能がある。それを磨くんだ。いつか……いつかきっと役に立つ。がんばれよ、ホロウ。お前は俺の大切な弟だ』


 そう言ってくれたアラン兄さんの為にも、俺は剣術を磨き続けるのだ。


 こうして、俺だけが無言の夕食は終わった。


◇ ◇ ◇


「今日も行くのかい、ホロウ」


 翌日、日課の訓練が終わった後、俺はいつも通り裏口から抜け出しダンジョンへと向かおうとしたとき、アラン兄さんが俺に声を掛けてくる。


「アラン兄さん……」

「はは、そんな委縮するなよ。別に告げ口なんかしやしないよ」


 そう言って、アラン兄さんは笑って俺の頭を撫でてくる。


「しばらく受験やら学院に行っていたせいで見られなかったけど……剣術、また一段と凄くなったな」

「うん! 毎日特訓してるからね」

「偉い偉い。お前には剣術があるんだ、がんばれよ」

「もちろん! いずれアラン兄さんも超えて見せるからね」

「ははは! それは楽しみだな」


 優しくアラン兄さんは笑う。

 もちろん、それはアラン兄さんの優しさだ。魔術師に、魔術を使えない人間が勝てる訳がない。そんなこと、魔術を使うアラン兄さんが一番よくわかっている。


 だが、俺には魔術を破壊する術がある。勝機がない訳ではない。俺の剣術さえもっと極められれば、不可能じゃ決してないはずなんだ。


「それで抜け出して秘密の特訓と言う訳か」

「そうだよ。付いてきちゃだめだからね!」

「わかってるさ。楽しみだな、ホロウがどんな大人になるか」


 アラン兄さんは優しく微笑み、また俺の頭を撫でる。

 学院で家を空けることが多くなった兄さんなりに、俺のことが心配なのかもしれない。

 アラン兄さんを無暗に心配させることはしたくない。俺は精一杯に、なんともないよという風に、笑う。


「期待しててよね」

「もちろん」

「じゃあ俺行くよ。時間あるときに前みたいに剣術の稽古付き合ってよ」

「ホロウは強いからなあ。いい訓練になりそうだ。……じゃあ気を付けて行って来いよ。危なくなったらすぐ逃げて帰ってくるんだぞ。――まあ、裏の森はあらかたモンスター駆除されてるからそんな危険はないと思うけどな」

「うん!」


 そうして俺はいつも通りダンジョンへと向かう。

 

 その背中に、アラン兄さんからの優しい視線を感じながら。

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