第6話 領地

「分かりました。協力します」


 そう僕が返答した瞬間、シンシアは少し安堵したような表情を浮かべた。


「よろしい。ではライル・ブランドン。お前は今日から私の協力者だ。君の力があれば、帝国を倒せると私は確信している」


 シンシアは自信に満ち溢れた表情をしている。


 彼女の顔を見ると、不思議と不安がなくなった。


 打倒帝国とは、はっきり言うと夢物語に近いくらい、困難なことである。


 僕が活躍したため、帝国は圧倒的な領土と力を手にしている。


 帝国やトレンス王国のある、この大陸を『アルカディア大陸』と呼んでいるが、その六割の領土を征服している。


 抵抗勢力ももはや元気がなく、守るので精一杯だ。

 アルカディア大陸統一も目の前だろう。


 皇帝はアルカディア大陸を統一したら、海を越え外も征服すると豪語していた。


 ちなみに僕が魔法使いとして戦う前は、三割ほどだった。それでも一番大きな国ではあったが、帝国は大陸中央付近に位置しているため、多くの国と国境を接しており、そのせいで敵だらけの状態になり危機に陥っていた。


 しかし、今考えたら、僕は帝国の英雄で帝国を立て直した立役者である。


 打倒帝国を夢見るシンシアは、そんな僕が憎くないのだろうか?


「あの……約束した後でこんなことを言うのは何ですが、シンシア様は僕が憎くないのですか? 帝国がここまで強大になったのは僕のせいだと思うので」

「ん? 殺したいほど憎かったぞ、当時は」

「ええええええ!?」


 あっさりとカミングアウトされて、僕は驚いて声を上げた。


「当たり前だ。私はずっとトレンス王国は、独立すべきだと思っていたのに、お前が活躍したせいで難易度が急上昇したからな。暗殺も考えていたぞ」

「……ぇぇぇ」


 とんでもないことを言われて、まともに声も出せない。


「はっはっはっは、まあ過ぎたことだ。今は一切憎くないぞ。私に協力してくれると、言ってくれたからな」


 心底愉快そうに笑う。


 いや、一切憎くないと言われても、昔暗殺しようとしたって聞かされて、平静ではいられないんですけど。


 しかし、シンシアは、よく昔憎く思っていた相手に、普通接する事ができるな。


 器が人より広いのだろうか。


「さて、とにかく今すぐ決めなければ、いけない事があるな。君をどこの領主にするかだ」

「あのちょっと気になってたんですけど、僕に領主なんて出来るんですか? 経験はないですし……そもそも、僕は逃走した犯罪者ですよ。指名手配されているかも」


 領主は顔を出す必要がそれなりにあるだろう。バレずに過ごすことなど出来るのだろうか?


「領主の経験に関しては、補佐役をつけるので問題ない。犯罪者だってことも、まあ大丈夫だろう」

「でも、僕肖像画とか銅像とかあって、知っている人そこそこいますよ」

「肖像画と銅像って、あの美化されまくって、全く似てない奴か? あれを見て君だと思うやつはいないな」

「ま、まあ確かにあんまり似てないですけど、もしかしたら……」

「いないいない。百人が見て百人が違うと言うな。あの美形な顔とは共通点がひとつもない」


 そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか……

 僕はちょっとへこむ。確かに美形ではないけどさ。


「落ち込むな。私は美形された顔より、本物の君の方がいいと思うぞ。完成され過ぎた顔は、逆に美しくないと私は感じる」


 はぁ……何かよく分からない感覚だ。


 でも、完成し過ぎてるっていうと、シンシアの顔はまさにそうだ。

 彼女の顔をこれ以上美化して肖像画にすることは無理だと言うくらい、綺麗で整った顔をしている。

 シンシアの理屈だと、自分の顔はあまり好きじゃないのだろうか?


「何だ。人の顔をマジマジと見て」

「あ、いえ何でもないです」


 怪訝な表情をシンシアは浮かべていたが、それ以上追求はしてこなかった。


「とにかく領主になることに心配はしなくていい。念のため治めてもらう領地は目立たないよう、辺境の方にしよう。あと苗字は変えた方がいいな。よくある名前と苗字だけど、どっちも一緒だとまずいから、姓の方を変更しよう」

「姓ですか……」

「君は髪が黒色だし……ブラックでいいか」

「ええ? そんな単純な」

「姓なんてそんなもんだ」


 僕の姓は今日からブラックになるようだった。ライル・ブラック。最初の二文字が同じだ。


「ああ、髪といったら髪型は一応変えたほうがいいな。髪型次第で印象は変わるしな。ロン毛にするか、坊主にするか選べ」

「……え? その二択なんですか?」

「二択だ」

「え、えーと……ロン毛って首あたりくらいまでの長さですよね」

「む? 背中くらいまででもいいぞ」

「いえいえ、首のあたりでいいです」

「そうか、後でウィッグを用意しよう。地毛が伸びるまではつけておいてくれ」


 子供の頃は髪がまともに切れず、かなり伸びてたが、その時以来くらいの長さになりそうだ。


「あとはそうだな。付け髭も用意しておこう。ライル・ブランドンとして会ったことのある者と、会う機会がある時は、付け髭をするのだ。髭があれば、だいぶ印象が変わるからな。君の顔は印象が薄いし、十分騙せるだろう」


 地味に傷つくこと言われた気がするんだが。確かに僕の顔は何の特徴もないけどさ。


「あの、領地の事も気になりますが、成長魔法についていも教えて欲しいんですが……」

「成長魔法については、実際に領地についてから、補佐役に聞きながら、実践して覚えてくれ。私が口で説明するより、その方が覚えが早いだろう」

「分かりました。ところで、補佐役というのは」

「そこにいるファリアナだ」


 シンシアは、先ほどから静かに僕たちの話を聞いていた、ファリアナを指さした。


「え? 彼女はシンシア様の騎士では?」

「そうだ。私が最も信頼する騎士である。だから、君の補佐役をしてもらう。その意味がわかるな?」

「……は、はぁ」


 完全には分からなかったが、多分それだけ僕に期待しているって事だろう。


 監視の意味もあるかもしれない。成長魔法を使って、僕が暴走したりするのを、何とかする役目があるかも。


「ライル殿、よろしくお願いします」


 丁寧な口調でお辞儀をして、ファナリアはそういった。


 相変わらず表情が全く変わらない人だ。正直、少し苦手かもしれない。仲良くなれるだろうか?


「さて、じゃあ、肝心の君の領地を決めるぞ。ファリアナ地図を」

「はい」


 ファリアナは懐から巻物を取り出す。シンシアはそれを広げた。


 トレンス王国の地図のようだ。


「決めるって、そんな簡単に決められるんですか?」

「無論だ。私は有能だから、いくつかの土地の運営を任されている。そのうち一つの運営を、家臣にやったと言っても、誰も文句は言ってこない」

「そうなんですか……」

「いや……言ってこなくはないが……黙らせるのは容易だ」


 シンシアの目が少しだけ鋭くなった。僕はその目を見て本能的な恐怖心を感じた。彼女は怒るとかなり怖い人っぽいな。


「あと申し訳ないが、いきなり広い領地は任せられない、最初は少領地からとなる」

「それは構いませんよ」


というよりそんな広い領地を貰っても、正直困る。


「よし、ここにしよう」


 シンシアは一点を指さしてそう言った。


 その瞬間、僕の治める領地が決定た。


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