04_#4



ショーの時間になると、城の中には数える程しか人がいなかった。みちるがふらりと立ち寄ったデバニーランドの城内部は広々としており、部屋の奥には豪華な玉座と、ガラスケースに入った王冠が飾られていた。王冠の美しさに、みちるは引き寄せられる。


《ティファニー女王はとびきりかわいくて、とッてもとッても強いんだ!国のみんなを守ッてくれる!》

《かッこいい女王様なんだ〜ッ》


 ガラスケースに近づくと、デバニーとデバニー王国の民衆の音声が流れた。豪華な金の冠に、深紅のベルベット。照明を受けて乱反射する宝石の美しさに、みちるのレモン色の瞳は輝いた。


「あのすみません!ここはどこですか」

「ぎゃっ!何アンタ」


 突如、大きなハキハキとした声と共にぬ、と後ろから肩を掴まれる。みちるは大きな声を上げて驚き、反射的に相手の胸ぐらを掴んだ。見上げると、相手は髪の毛に蜘蛛の糸やら葉が絡み付き、ぼさぼさになった真実也基だった。カチューシャはどこかに落としたのか、付けていない。真実也は酷く怯えた表情だったが、みちるに気がつくと目を見開いた。


「は、花園……」

「あれぇ、ハジメちゃん?んもう。急に女の子の肩掴むなんて非常識なんだから」


真実也は首をさする。


「急に人の胸ぐらを掴むのもどうかと思う……というか、ここは?」


 真実也は乱れたネクタイを直してから周囲を見渡した。


「デバニーランドのお城の中だよ。もうすぐメインのショーだから、お客さんはみんなそっちに移動してるみたい。そのエリアはひるるんが見てるからいいとして……って、ハジメちゃん。聞いてる?」


 ある一点を見つめて返答しない真実也の顔を、みちるは覗き込んだ。訝しげな真実也の視線の先を辿ると、階段を降りた先に男が一人、蹲っていた。


「具合が悪いのか?見て来る」

「え?ちょっと……」


 みちるが言い終わる前に、真実也は階段を降りて男に駆け寄っていってしまった。一言も発さないその男の背中を静かに上下させている。「大丈夫ですか」と声をかけた真実也が男の背中をさするものの、返事はない。真実也はみちるの方を振り返り、心配そうに眉を下げた。


「あ……」


 みちるは、真実也がこちらを向いている間に男が大きく深呼吸したのを見逃さなかった。肩で大きく一息ついた拍子に、白い蒸気のようなものが上がる。


「危ない、ハジメちゃん」


 次の瞬間だった。男は奇声を上げながら腕を大きく振りかぶり、真実也に向かって手を振り下ろした。すんでのところで後ろに身を引いた真実也だったが、左頬に血の筋ができる。


「暴人……」


 重力に沿って垂れる血を拭いながら真実也は立ち上がり、後ずさる。城内に残っていた数人の客は男の奇声を聴くなり、パニックに陥いり口々に声を上げた。暴人である男の四角い黒縁メガネの奥からは、真っ黒に塗りつぶされた瞳が覗いている。真実也は短く息を吐いて上がる心拍数と高速で回る思考回路を整理すると、インカムのマイクのスイッチを入れた。


「こちら真実也基巡査、城内部にて暴人発生!花園みちる巡査と共に市民の安全確保並びに暴人の“解放”を行います」


 インカム越しに連絡をとった真実也は上着のポケットから携帯型規制機器を取りだし、城の出口上に向けてポインターを合わせ、トリガーを引いた。「避難経路」と描かれたグラフィックが映し出され、城全体に響き渡る音量で警告アナウンスが繰り返し流れだす。人が少なかったことが幸いして、客は押し合うことなくスムーズに城の外へ出ていった。


「この暴人、速い。ハジメちゃんはそのまま避難場所確保して!私がやる」

「で、でも」


 暴人から半径二メートルにも満たない距離にいる真実也に対して、みちるは玉座に続く階段を登った先に立っている。規制機器で手が埋まっているにしても、暴人から最も近い自分が撃った方が良いだろう。ほんの一瞬、真実也は戸惑い視線を右往左往させる。


「怖いよお!」


 騒然とした場内の雰囲気と暴人の奇声で恐怖を覚えたのか、親に手を引かれながら出口を目指していた一人の少年が、涙を流しながら声を張り上げた。その声に反応した暴人はとてつもない速さで少年の方に頭を振ると、手を伸ばして床を蹴る。速い、間に合わない。今まで会った暴人とは比べ物にならないほどの素早さに、真実也は動揺する。銃を取り出そうとジャケットの内ポケットに手をかけた。体勢を崩しながら構わず突撃する暴人に、少年の母親は咄嗟に我が子を覆うように抱き抱えると、身を強張らせてその場で蹲った。今自分が撃たなければ、あの親子は助からない。真実也の心臓が音を立てて跳ね上がる。母親は、力強く目を瞑った。


「まずい……」


 焦って引き金を引こうとした真実也は、金具が弾けるような高い音に動きを止めた。暴人がよろめき、時間差で割れた眼鏡が床に落ちる。


「な、なんだ」


 銃弾によって左側の丁番部分が大破している以外、眼鏡に損傷は見られなかった。銃弾が外れて眼鏡に当たったのではない。丁番部分を狙って"当てた"のだ。そう感じた真実也は、恐る恐る視線を移した。


「私が相手だって言ってんの。聞こえなかった?」


 真実也は一瞬、誰かと疑った。階段の先に立っていたのは、いつもの彼女とは想像がつかない程の鋭い殺気を放った、花園みちるだった。構えていた対暴人用アサルトライフル・ドーベルから顔を離したみちるは、表情からして激怒しているのが伺え、真実也は思わず身をすくめる。みちるの声に反応した暴人は親子たちに目もくれることなく、今度はみちるに体を向けると、喉が切れるような奇声を上げて駆け出した。みちるに向かって走り出した暴人は玉座に続く階段に足を踏み入れると躓き、前のめりに倒れ込む。しかし構わず四つん這いの体勢に立て直すと、バタバタと音を立てて階段を駆け上がっていった。


 みちるは頭を振って顔にかかった髪を鬱陶しそうにどかしながら一歩下がり、落ち着いた様子で暴人を待ち構えている。駆け上ってきた暴人が闇雲に腕を振るうと、拳は王冠の入ったガラスケースを突き破り、音を立てて盛大に割れた。飛び散るガラスと照明が反射してキラキラと光って、王冠が転げ落ちた。唸り声を上げ、大きな隙を見せた暴人にみちるは近づくと、よろけて頭を垂らす暴人の顔面に目掛けてライフルの柄を振り上げた。


 暴人は背中から階段に突き落とされた。みちるは、ガチャリ、とリロード音を響かせながらドーベルを構えると、小さくつぶやいた。


「もう誰からも、絶対失わせない」


 間髪入れることなく銃声が城内に響き渡ったかと思えば、暴人はそのまま仰向けで床に叩き落とされた。

 


《非常口はこちら。落ちついて避難してください》


 繰り返される警告アナウンスだけが、場内に響き渡る。真実也はゆっくりと規制機器の電源を切った。市民は皆無事に避難しており、城内には真実也とみちる、そして両目を綺麗に撃ち抜かれ墨色の血を流して息絶えている、暴人だけが残っていた。暴人に近づいた真実也は取り乱しつつも、インカムのマイクに電源を入れる。


「こ、こちら真実也基巡査」


 真実也基はみちるの方を見る。彼女は何も言わずに踵を返すと、床に落ちた王冠を拾い上げ、ヒールの音を響かせながら玉座に向かって歩いていった。付けていたカチューシャを外してから玉座に足を組んで深く腰をかける。


「花園みちる巡査により、暴人を“解放”しました」


 王冠についたガラスの破片を払ってから、しばらく眺める。そして、自身の頭にそっと乗せてみせた。


「こんなところで夢が叶うなんてね」


 自嘲気味に笑って、みちるは破片の飛んだ自身の髪を指で梳いて整える。いつもの癖で爪を見たみちるは、あることに気がついて目を見開いた。


「怪我は?」


 蛭間への報告を終えてインカムの電源を切った真実也は出口に規制線を張ったあと、急いでみちるに近づいた。


「ないけど……」


 俯いていたみちるは真実也を見上げると、眉を八の字にして爪を見せた。マーガレットをあしらったネイルが、中指だけ割れてしまっていた。


「最悪。ネイル取れた」


* *  *


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