20.NewNormalな日々-2

「それにしても……」

 自宅から出発して少しした頃、助手席にすわる母さんが言った。

「それにしても、ホント、急展開だったわよねぇ……」

「ん~~? こうして、毎週のように山神さんのお宅に出かけるようになったこと?」

「それもあるけど……、その……、あなたの元カレのこととかよ」

 わたしの様子をうかがうようにして、付け加えた。

 元カレ、のあたりで、少し口ごもる感じだったから、まだ心配しているんだとわかる。

 だから、

「そうね。それについては同感だわ。まったく、急転直下と言うか……」と、意識して表情を動かさないよう注意しながら、何でもないといった口調で、わたしは頷いてみせた。

 元カレ……、そう表現されるのもイヤなヤツだが、その当人は、『ざまぁ』と言うか、因果応報(同じか(^^;)と言うか、思わず『えッ?』と聞きかえしたくなる呆気のなさで破滅していた。

 なんでも、経営していた会社が倒産。多額の借金を背負ったとかで行方をくらましてしまったんだそうな。

 わたしにろうぜきをはたらこうとした日……、肩で風をきるようにしていた頃から、どれ程の時間もたってないというのに、得意の絶頂から高転びに転んで、奈落の底へ墜ちていたのだ。

 まさしく、急展開。まさしく、急転直下と言うしかない運命の変転だった。

(ホント、どういう絡繰りトリックだったんだろ……?)

 わたしは、運転がおろそかにならないよう気をつけながら、首をひねる。

 タイミング的にも、この件には課長補佐が関わっているのは間違いない。

 でも、直接、訊ねてみても、ニコニコわらうばかりではぐらかされてしまうから、真相はいまだわからない。

 絶対、なにかやった筈なのに。

……あの日、母さんと一緒に訪ねた山神さんのお宅にて、音信不通状態な課長補佐の所在をご存知ないかとお婆ちゃんに訊き、お婆ちゃんが今、電話をかけてみるからとダイアルをしたら即座に繋がった。

 その時、かわってもらった電話口で、課長補佐から、『全部おわったよ』と伝えられたのだ――だから、安心しなさい、と。

 でも、その時わたしは、

『は? 全部おわったって何ですか? なにを安心しろって言うんです?』と、すこし詰問するような口調で、プン! と言ったんだと思う。

 我ながら、なんともタハハ……な対応だったし、何より、あの時、きちんと詳細を聞いてさえいればと後悔もした。

 でも、その時は、課長補佐の声を久しぶり(?)に聞けた嬉しさと腹立たしさが強くてそれどころではなかった――ブワッと一気に感情が盛り上がっちゃったんだ。

 敢えて言葉にするなら、山神のお婆ちゃんからの電話にはノータイムで出るくせに、わたしからのそれにはちっとも反応ないとかナニ!? という事にでもなるんだと思う。

 或いは、ほったらかしにされてたペットの犬が、飼い主に再会できた時点で見せる拗ねた感じに似てたかも。

(ちなみに、わたしからの電話に対する課長補佐の応答無視は、知らない番号からの着信だったから、という理由によるものだった。

(壊れたスマホをショップに持っていった時、げんかつぐワケじゃないけど、修理じゃなくてスマホを新調、ついでに番号も変えてと、わたしはお店に依頼をしてたのだ。

(感情面からくるものだけでなく、現実的な理由としても、北島某ク○やろうからの連絡を完全に遮断したかったというのもあったけど、いずれにしても休み明け以来、顔をあわせる機会のなかった課長補佐には、当然、それを知らせる術もなく、それで、ずっとすれちがっていた、と。なんとも脱力するしかないがついたのだった)

 ま、それはともかく、

 そういう次第で、課長補佐がせっかく教えてくれたク○野郎没落の第一報をわたしはウカウカふいにしてしまった。

 そして、後日、ク○野郎が社会の表舞台から退場した(させられた?)ことを知って、唖然とすることになったのだ。

 課長補佐の言葉の意味するところは、コレだったのか――遅まきながらに、そう得心して、そして、「え?」、「えッ?」となった。

 呆然とすることになったのだった。

 だって、当然でしょ?

 直接、面識もない、仕事上での取引もない――そんな相手の動向をたとえば倒産情報とか、そういう情報提供サービスより早く、課長補佐がどうして知った……、知ることが出来たか、ワケわかんないじゃない。

 だいたい、あのク○野郎の口癖じゃないけど、アイツの会社自体は業績好調な筈だった。

 年間の売り上げやら、会社の規模やらまでは知らなかったけど、でも、社長がポルシェに乗って、ブイブイ言わせるだけのものではあったと思う。

 それが呆気なく倒産。

 借金背負って社長は夜逃げ。

 さすがに予想外にも程がある。

 天網かいかい疎にして洩らさず、なぁんて言葉もあるけれど、勧善懲悪、盛者必衰、驕れる者は久しからずやな件を目の当たりにして、言葉をうしなったとしても、それはむしろ当然だろうと、そう思うんだ。


「あなたを家まで送ってきてくださった時、『自分が何とかしてみましょう』って、仰有っていらしたけれど……まさかに久留間さんが何かをされたのかしら?」

 おなじことを考えていたのか、つぶやくように母さんが言う。

「でも、まさかね。いくらなんでも、そんな事ができるわけないわよね」

 そして、クスリとわらうのに、わたしはあいまいに頷いてみせるしかなかったのだった。

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