宇宙探検家ドンタイタスの記録

ゲラハ

第1話 過去への手紙

親愛なる読者へ


私は、未来から、おそらく過去にいる皆さんに伝えるためにこの筆を取った。


私のいる今現在、宇宙はまさに「重ね合わせの状態」になろうとしている。


詳しいことは、機会があれば、そしてまた、私に余力があり、皆さんに伝える手段がまだ残っていれば、そこであらためて説明したい。後述する「記録」の中でも簡単には触れる。とりあえず現状を簡単に表現するならば、「私のいる今」からもうまもなく、あらゆる意味で、この宇宙に生命は存在できなくなる。


生命は、宇宙の寿命のなかのほんの一瞬にだけ…われわれの言葉で言えば膨張宇宙年期308675〜膨張宇宙年期308814の期間だけ…偶然整った環境の中で生存を許されたに過ぎない。いや、「偶然」という表現は適切ではないかもしれない。宇宙に意思がありえるとするならば、その期間、およびその期間が始まるまでの準備期間は、宇宙そのものが意図した必然かもしれず、「彼」…すなわち宇宙は、自分自身を知るための「眼」を自分の中に散りばめ、見開いたのかもしれない。しかしその「眼」は、まもなく閉じられ、「彼」は再び暗黒の眠りに就こうとしている。その「眼」は、十分に見て満足したのか、飽いたのか、はたまた見える景色に絶望したのか、われわれには計り知れない。


われわれ…つまり、私を含む、知的生命体の宇宙最後の世代は、生存のため、次元移転を応用して「彼」から脱出しようとしている。次元移転を応用した脱出の具体的な仕組みは、ここでは触れられない。あえて、誤解を恐れずに喩えるならば、この宇宙に「外側」があることを仮定し、宇宙の局所に高次元の「吹き出物」を作り出し、そしてそれを「破る」方法を取るのだ。


「私のいる今」でも、これまで誰一人宇宙の外側を旅したり、撮影したり、筋道の通った理論的な予測を立てたりしたものは居ない。だから、この脱出は一種の「賭け」になる。「外側」がなければ、われわれは結局、「彼」の永遠の沈黙の中に沈むだろう。たとえ「外側」があったとしても、われわれが生存できるような環境である見込みは薄い。何しろ、われわれが親しむ物理法則は、「彼」の中でこそ有効なものだからだ。「外側」の物理法則がわれわれを許容するかどうか、そもそも、法則自体が存在するのかも分からない。


いささか悲観的に聞こえるかもしれないが、もっともありそうな「外側」の状態は「『時間』がないこと」だ。脱出した途端、文字通り「万事休す」となる。


だが、われわれは、それでもやる。宇宙の歴史が偶然の積み重ねではなく、「彼」の意図した必然だったとしたら、そして、われわれの意思が「彼」の意思であるならば、この「眼」は深くて長い内省の期間を終え、いよいよ「外側」に目を向けようとしているのだ。われわれは…少なくとも私は、そう信じている。科学の法則は、冷酷な確率論が支配しているかもしれないが、それを発見し、利用して、道を切り拓いていくのは、ほかならぬ思いの力なのだから。とすれば、われわれの思いも、また「彼」の思いに適うものであるはずだ。


前置きが長くなったが、私は、「私のいる今」から少し過去にさかのぼった時期に存在した、勇敢なる友達の記録を皆さんに遺したい。その友達は、天の川銀河の、とある惑星、<テラ>に住んでいた。そして彼は、われわれが今やろうとしている大きな賭けに繋がる、偉大な仕事を成し遂げた無名の人物である。伝えるべき次の世代をこの宇宙に持たないために、その友達は無名なのだ。しかし、無名のままにするにはあまりにも惜しい。せめて、彼の爪痕を、この宇宙のどこかに刻みつけておきたい。その思いから、この記録を遺すことにした。


この記録が、過去の皆さんの目に触れているとすれば、私の目論見は成功したと言える。いかなる媒体で伝わっているのか、それについては、いまの私に分かる術はない。ただ、この宇宙の「ある法則」が、それを可能にしているのは確かだ。その法則は数式で証明しようとするとかなり難儀であろうが、言葉にすればごくシンプルなものだ。



『この宇宙のあらゆる時間と空間において、

 情報は、どこからでも、どこへでも辿れる』



この法則が腑に落ちたならば、皆さんは過去の記録だけでなく、未来からのメッセージも受け取れることを実感することだろう。これが非現実的に思えるとすれば、おそらく、情報を伝える媒体についての固定観念が強すぎるのかもしれない。だが、心配するには及ばない。情報は時間を変数として絶えず形を変えていくが、逸失するものではなく、また媒体も石板、紙、電磁気、重力波などに限られたものではないのだから。



勇敢で偉大なる友達、ドンタイタスに関するこの記録は、皆さんに受け取ってもらえることを待ち望んでいる。それは、記録者たる私の意思である以上に、「彼」の意思なのかもしれない。あるいは、若き頃のドンタイタスその人がこの記録に触れ、自らの人生をもってそれを体現し、それを私が記録し、また過去のドンタイタスにバトンを渡す、宇宙史の片隅にできた1つの円環か、螺旋構造なのかもしれない。


いま情報は、円環、あるいは螺旋構造の加速器を伝わり、次第にエネルギーを増幅させ、この宇宙の外壁を破ろうとしている。われわれは、全くの未知の領域を目指す。願わくは、過去に伝えるこの記録が、われわれの、そして、これからわれわれに繋がる過去の皆さんの推進力とならんことを。



『どこからでも、どこへでも行ける』



私にこの言葉をくれた偉大なる友達ドンタイタス、そして、われわれに命を繋いでくれた過去の皆さんに、この記録を捧げる。



膨張宇宙年期308814

<テラ>の彼方320億光年、古き銀河の惑星<23354>より

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