第五章 『細胞遊戯』

第01話 レガシー・メディア

 決戦の金曜日は来た。

 今日は、部活動も含めて、登校している生徒は一人もいない。

 表向きは、「地域におけるバブリスの残留エネルギー検査」ということになっているが、もちろんこれは大嘘だ。そもそもバブリスのエネルギーとは何なのかすら、人類は理解していないのだから。

 学園が無人である理由は単純だ。

 要するに、『決戦』を開催するために、全校レベルの人払いをしたのだ。

 これに関しては、山千家家と生徒会が綿密に協力して根回しをおこなったという。そうやって互いに力を合わせて事を為すことが出来るなら、なぜ対立をやめないのかと、脩太は二つの組織に言いたい。さらに、無用な宣戦布告で状況を混乱させているスクールメーカーにも苦言を呈したいところだ。


        × × ×


 昨夜のミーティングは、結論から言えば進展があった――と言っても、脩太たち三人の中から際立ったアイデアが出たわけではない。すっかり夜も更けた頃にやってきた二人目の訪問者が、あっさりとレミーの「封印」を解いてくれたのだ。

 インターフォンが鳴ったので玄関に出てみると、そこには大槻先生の姿があった。


「いやあ、ははは……こんな夜遅くにすみません。電話やメールだと盗聴のおそれがありましてね」

「何かあったんですか?」

「これから起こる――と言ったほうがいいでしょう。レミーが撃退した飛行船の連中が、東京の本部で暴れているようでして……暴れると言っても、まぁ、喧々囂々けんけんごうごうの怒鳴りあいを繰り返しているというわけなんですが……いや、まわりくどい言い方は止めて結論を言います。彼らは明日、大規模な部隊を引き連れて、再び学園を占領しにやってくる腹づもりのようです」

「占領!? 占領って言ったって、明日は僕たちと生徒会の連中しかいませんよ? 立ち入り禁止にしてあるんでしょう?」

「まさにそこです――彼らにとっての障害は、事実上、我々と生徒会のみ。つまり明日なら、一般生徒への被害を考えずに、存分に暴れられるとは思いませんか?」

「あっ……」


 言われてみればそのとおりである。このままでは、三つ巴のバトルロイヤルに出場するようなものだ。それを避けるために粘土寺剣が提案してきた一対一の『決戦』だったのに、これでは何の意味も無い。


「彼らの襲撃を待っていても仕方ありません。私は、今から東京の本部で直接掛け合ってきます。『決戦』のサポートは千歳クン一人に任せることになりますが、彼女は優秀です。信頼してください」

「わかりました。僕も「絶対に出来る」なんてとても言えませんが、最善を尽くします」


 その言葉を聞いた大槻先生の表情に、いつもとは少しだけ違う笑みが浮かんだ。


「レミーと歩んでいく決心がついたんですね」

「はい」

「ふむ……どうやら『あれ』を渡すときが来たようです」


 そう言うと大槻先生は、鞄の中から三つのプラスチックケースを取り出した。手のひらに収まりそうな四角いケースたちだ。


「もうずいぶん前になりますが、弾博士からお預かりしたものです。機を見て渡すように言付かっていました」

「何ですか、これ……音楽用のカセットテープ?」

「ご名答。確かに音楽を聴くためのものですが、使い道はそれだけではありません。知っていますか、弾クン、一九八〇年代前半のPCでは、このカセットテープが記録メディアとして使われていたということを」


 もちろん知っている――と言っても、レトロPCの「あるあるネタ」として聞いたことがあるだけで、実際に使ったことはない。しかし脩太には、そんな一般論とは別に、ごく身近に心当たりがあった。


「まさか、じゃあ、僕のノートPCについてる拡張スロットって……」

「そういうことだと思います。カセットテープを差し込むスロットがあるはずです。レミーのシークレット武装データを開放するために」

「どうして……」

「はい?」

「どうして急に教えてくれたんですか?」

「急ではありませんよ。君が一歩一歩前に進んだ結果です。この三本のカセットテープをどのように使うかは、今さら私が口を出すことではないでしょう――全て、君に任せます」


 言いながら、ふと足下を見た大槻先生が、女子生徒の靴に気付いた。


「おや、女の子のお友達ですか……ははは、そういう心の余裕は大事ですよ。思っていたよりも大胆で安心しました」


 それを聞いて脩太は、佐菜子が独断で来ていたのだとようやく悟った。

 この時、来客は佐菜子だと大槻先生に告げなかったのは、脩太の心にも、何となく後ろめたい気持ちがあったせいだろう。何となく、というあやふやさが、脩太らしいと言えば脩太らしい。

 大槻先生が帰るのをエレベーターまで見送って、脩太は部屋に戻ってきた。

 玄関の鍵を締めていると、部屋の奥から二人の視線を感じる。


「大槻センセ、もう帰った?」

「脩太、大槻喪世彦もまぜて、4Pしなくていいの?」

「ちょっ、何言ってんのレミー!」佐菜子がどわっと赤面する。

「4P――四人で計画プランを立てる」

「そんな英語はない」脩太がバッサリ斬り捨てる。

「じゃあ3Pするしかない」

「そうね、3Pするしかないよ」

「そんな英語もないし、何で佐菜子さん話しに乗っかってんですか」

「だけど本当は、男女は2Pであるべきだよ」

「脩太は基本1Pだけど」

「明け方に、下ネタで暴走するのはヤメロ!!」


 老若男女を変なテンションにいざなう、それが徹夜ハイ。

 後半、何の話かわからなくなってしまったが、とにかくスクールメーカーの急進派が大挙して学園に押し寄せるということだ。乱戦になることが予想されるが、結局のところ「戦いは数である」と宇宙世紀の武人も言い切ったぐらいだ――勝つのはスクールメーカーの急進派になるだろう。

 だがそれは許せないなと脩太は思う。

 しかし、それに対抗しうるだけの大義名分が自分にはあるのかな? とも揺らぐ。

 面識の無かった曽祖父の願いを叶える――その重みは、まだ今の脩太にはわからない。

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