第16話 真の悪役(仮)育成日記(6)SideA※

――四日目。


 四日に続く睡眠不足と飢餓状態で、ヴィンセントは弱り果てていた。

 その瞳は虚ろで、光がない。

 もう限界が近いだろう。

 この状態を続けていれば、ヴィンセントは廃人になる。

 正直廃人になってもらったら困る。


 お嬢とデートを約束したのは明後日。

 それまでにヴィンセントルートを潰しておこう。


 俺はぽたりと落ちる水滴を止めた。


「さて。それじゃあ、ヴィンセント。君に提案がある」


 何の要求もしてこなかった男が唐突に口を開いたから、ヴィンセントは目を丸くしていた。


「このまま、君には組織をこれまで通り管理してほしい。ただ、最終支配権を俺に譲渡してくれたら、この拷問は終わり。君を解放してやろう」

 俺は彼に提案をした。


 つまり――俺の傀儡になれと言っているようなものだ。


 ヴィンセントはお飾りのボスとなり、その裏を俺が支配する。


「それ……は……」

 ヴィンセントの瞳が揺れている。

 元々裏側の人間だからだろう。

 拷問に屈しにくい精神を持ち合わせている。

――けれど、俺はそれを叩き割る。


「君がイエスといえば、この拷問は終わりだ。もちろん口約束じゃあ納得できないから、絶対遵守の誓約をかけさせてもらう――さぁ、どうする?」


 俺はヴィンセントに語りかけた。

 けれど、ヴィンセントは唾を吐き――


「……お断りだ、くそ、野郎――」

 と吐き捨てた。


「じゃあ、拷問を続けよう」

「ま、待て――」


 俺は扉を締めた。またヴィンセントは一人孤独な時間を過ごす。今が何日で、どのくらい時間が経ったのかすら、把握できない。食事も与えられない。


「……まだ時間がかかりそうだなぁ」



 やっぱり魔法でサックリ解決すればよかったかもしれない。

 けれど、支配の魔法をかけるには『相手を心の底から屈服』させないといけない。


「まぁ……明日、アレを使うか」

 明日、ヴィンセントの意見が変わってなければ、俺は最終手段を使おう。

 そう決めて、屋敷に戻るために宿へ行き、身なりを整えた。



 ヴィンセントルートを潰すこと。

 それを絶対条件として自分に課しているのには理由がある。


 まずヴィンセントはややこしい。


 後々、ヒロインが攻略対象に囲まれてチヤホヤされる中、ロゼは悪役に仕立て上げられ、突き落とされる。


 中でもヴィンセントルートでは純潔を散らし、廃人にされ、娼館に堕とされる。


「お嬢……自分で考えた話で詰んでるじゃないですかぃ……」

 正直ため息しかでない。

 ヤンデレとかいうキャラを作るなんて、うちの主人は本当に馬鹿だ。


 そして、ヴィンセントを潰すことによって、

 まず、分岐といわれる殺し屋ルート。

 これはロゼの話しか聞いていないが、殺し屋はヴィンセントの双子の弟らしい。

 主人であるヴィンセントには絶対服従を誓っているようだ。

 つまり、ヴィンセントを傀儡にすれば、殺し屋も手にできる。


 そしてもう一つは怪盗ルート。

 怪盗は義賊だ。

 つまり、悪い輩から盗んで庶民を救う救世主のような存在。

 だから裏を掌握していれば、怪盗の動向も把握できる。

 最悪、罠にはめて潰してしまえばいい。


 そしてその次に、科学者ルート。

 意外とここもヴィンセントと関わりがある。


 この魔法世界で科学者として動ける理由――それは、科学者の男が裏から資金援助をもらっているからだ。

 資金援助の理由は簡単。


 


 生命は有限だ。

 魔法で生命は作れない。

 だからこそ人造人間というのは価値がある。


 だから人造人間という化物を量産し、兵力にする。

 そのための資金をヴィンセントは援助をするのだ。


 というわけで、ヴィンセントを支配するだけで、殺し屋、怪盗、科学者、人造人間――この四つを掌握できる。


「もしも明日終わらなかったら、ロゼとの時間を削った代償として、じっくり痛めつけてやろう」


 全ては我が主のために――





「あははっ、でね、でね。そのときにアッシュってなんていったと思う?」


 お嬢の部屋に入ろうとしたら、ドア越しに話し声が聞こえた。


――!!??


 夜の話相手はいつも俺だったのに。

「相手は一体……」

 正直従者として失格だけど、こっそり部屋を開け、隙間から中を覗いた。


 そこにいたのはロゼ一人。

 ロゼはテディベアに話しかけている。


 俺はそっと扉を締めた。


「……やばい。俺の主人……ぼっちをこじらせて、とうとう頭が弱くなってしまった」

 まさか四日一緒にいないだけで、こんなに孤独をこじらせてしまうなんて。


 そんなにロゼの中で、俺は大きな存在になっていたのか……?

 頭の中でファンファーレが鳴る。


 いや、それだったらいいけど、まぁ、ド天然鈍感お嬢様なロゼだし……期待はしていないで置こう。

 そこはこれまでの繰り返しで実感している。けれど、ちょっとにやけつつ、俺は扉をノックした。


「お嬢、アッシュです」

「はーい、入ってもいいわよー」


 ロゼの部屋に入ると、いつもと違う匂いがした。

 部屋の机に、百本近い真紅の薔薇が飾られている。匂いの元はこれだろう。


 そしてロゼはソファに座り、テディベアを抱きしめていた。


『よっ』

 


 一瞬驚いたが、魔法だろう。


 そして声はちょっとお嬢に似ている高いトーンだから、お嬢の裏声だろうか。


「お嬢、頭トチ狂ったんですか?」

「ち、ちがうわよ! 失礼ね!」

 ロゼはいつものようにぷりぷりと怒った。

 俺は本気で主人の頭を心配しているのに……。


『君がアッシュだね』

 テディベアはロゼの膝から降りて、自立して歩いた。

 俺は目を疑った。

 今までの繰り返しで、こんなことはなかった。


『ボクはキッド。今日ロゼから生命をもらったんだ』

 テディベア――キッドは丁寧にお辞儀をした。


「よくできましたー」

 ロゼは子どもの成長を見守る保護者のように、ぱちぱちと拍手をする。


「お嬢、これはどういうことで?」

「? キッドの話通りよ? この子に生命いのちを与えたの」


「……えーっと、もう一度聞いてもいいっすか?」

「この子に生命いのちを与えたの」


 俺は頭を抱えた。

 

 もう一度、思い出そう。

 科学者が裏金をもらえたのは、人造人間――つまり、生命を作ることができるから。


 まぁ、うん……。

 そうか。うちの主人、創造主かみさまだもんな。

 生命くらい簡単に創れるか。


 改めて主人の凄さを実感した。

 

「……あー、えーっと、もうテディベアのことは」

「キッドよ」訂正される。

「……キッドのことはいいです。考えると頭痛ぇんで。で、お嬢、あの薔薇はなんですか?」


「えっと、お昼にアッシュが出ていったでしょう? そのあと王子が突然来て、薔薇の花束を渡してくれたの。108本もあったわ! 綺麗だから飾ってるの」


 更に度肝を抜かれた。


「……お嬢、薔薇の本数の意味はおわかりで?」

「え? 100本のおまけじゃないの?」

「なるほど。あー、なるほど」


 お嬢は薔薇の意味を理解をしていない。

 小者に時間をかけすぎた。

 そしてロゼの行動力と、王子のことを甘く見ていた。


 108本の薔薇、その花言葉は『


「お嬢!」

「な、何!? いきなり大声あげないで!」

「今夜一晩お暇いただきます!」

「い、いいけど。キッドが一緒にいるし」

「……」

 イラッとした。

 俺の役割を奪ったキッドは後でどうにかしよう。


 全ては俺が油断していたのが原因だ。


 この世界は徐々に歯車を狂わせて回ってしまっている。

 軌道を修正するために、お嬢から目を離さないようにしないといけない。

 そのために、計画を変更する。ヴィンセントは今晩落とす。


「お嬢、その薔薇は別の場所で飾っておきましょう。ちゃんと手入れをしますんで」

「そう? わかったわ。お願い」

「そんじゃ、いい夢を。お嬢様」

「おやすみ、アッシュ」


 お嬢はいつもより元気だった。

 キッドのおかげなのか、王子のおかげなのか。


 とりあえず俺は薔薇を抱えて屋敷をでて、そのまま火の魔法で灰になるまで薔薇を全て燃やした。


「とっとと片付けよう」

 俺はまた宿へと向かった。

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