第33話 (アリミナ視点)

「認めない!」


会場を後にした私は、屈辱に顔を歪めながら馬車に飛び乗り、屋敷へと舞い戻ることにした。

このままで済ますつもりなど、私にはなかった。

ライルハート様が、自分に目移りする可能性がないことぐらい、理解している。


だからといって、このまま引き下がる気は私にはなかった。


「この私が、お姉様に負けるなんて!」


唇を噛みしめ、私はそう漏らす。

分かっているのだ。今からなにをしたって無駄だということは。


だが、私にはこの状況を覆せる手札を知っていた。


「私には、公爵家当主がついているんだから!」


自分の父に当たるその男を思い描き、口に弧を描く。

覆せる手札というのは、私に甘いあの男の存在だった。


お父様は魅了の力のせいか、私に甘い。

今まで、私が何をしようがお父様が何かいうことはなかった。

それどころか、自分から私と他の令息達とのお見合いを開いてくれたほどだ。


「私が頼めば、お姉様との婚約も有耶無耶にしてくれるはずよ!」


だから私は、自分の考えを疑うことはなかった。

どんな事態になろうが、あの男に頼めば全てが上手くいくと考えていたからこそ。


「──そもそも、最初ライルハート様を落とすように最初に言いだしたのも、お父様なのだから!」


稀なことではあるが、お父様が時々私に、落とす男を指名してくることがあった。

もっとも、指名されたとしても私が了承するかどうかは気分次第でしかなく、お父様がそれに文句をいうことはなかった。

だが、ライルハート様を指名した時だけは、やけに執拗だった。


「あれだけ執拗に言っていたのだから、私が頼めば絶対に協力してくれるわよね」


今回も必ずうまくいく、私はそう確信して笑みを浮かべた。

いつも通り、父は私のいう通りに動いてくれると、思い込んで。


「適当な令息をお姉様にあてがえば、それでいいのよ。ヒロインである私が負けることなんてない!」


故に、屋敷に馬車が付いた時も私の顔には不安はなかった。

自信満々に、屋敷に向かって行く。


「……え、お父様?」


その私の足取りに迷いがさしたのは、ちょうど屋敷の中に入った瞬間。

……私を待ち構えるかのよう、屋敷の中央にたつお父様の姿に気づいた瞬間だった。

私の姿に気づいた瞬間、お父様は私の連れている使用人達の方へと目をやる。

まるで誰かを探しているかのように。


しかし、すぐにその顔を忌々しげに歪めた。


「くそ、役立たずが。上手いことあの第二王子にあしらわれよって……!」


苛立たしげに暴れるお父様。

その姿は、今まで私に見せたことがないもの。

それ故に恐怖を感じた私は、後ずさる。


「おっと、残念ですが逃げられる訳にはいかないんでね」


……見知らぬ男達が、私の背後に立っていることに気づいたのは、その瞬間だった。

屈強なその男達に、私は思わず硬直してしまう。

そんな私を、目にぎらついた光を宿したお父様が睨みつける。


「夜会で何があったか、全てを話せ」


そう言い放ったあの男の言葉は、今まで私が向けられたことのないほど、冷たい響きを有していた。

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