シルバー・バレット── 魔法犯罪事件捜査課
鴨志田千紘
アイドル連続火傷事件
第1話 始まり──バディ結成
──これは悪夢だ。
亡骸を見た時、男は現実逃避するしかできなかった。起きたことを受け止めることができなかったのだ。
夜道に倒れていたのは──子供を抱いた女性のミイラ。逃げるために放り出されたであろうベビーカー。争った形跡こそないが、これは事件に巻きこまれた違いないと直感が告げる。ただの死体遺棄でもない。
──彼女がこんなところで子供を抱いて死ぬわけがない。
そう、男は知っていた。
「おい……嘘だろ。なあ、亜希子、竜!!」
男の声は虚しく響くだけで、返ってくる言葉はない。取り乱して近寄ろうとするが、鑑識の人間に抑えられてしまう。
足元が崩れていく。積み重ねてきた幸福もこれからの希望も……なにもかもが
「俺は……なにも守れなかった」
無力な自分を呪った。どうして自分は彼女たちのそばにいてやらなかったのか。自分の力は誰を守るためのものだったのか。
「俺は……俺は……!」
残ったものは絶望と失意。いや……それだけではない。こんな非道を行ったやつを許さないという怒りがある。憎しみがある。
「絶対に見つけ出してやる……! 絶対に……!」
男は誓った。必ずこの怪事件の犯人を捕まえ、裁きを与える。誰でもない自分が……『復讐』を果たしてやると。
*
「姿の見えない放火魔……ねぇ」
捜査一課の刑事である相羽恭子は捜査資料を見ながら頭を抱えていた。狐につままれてるんじゃないかと疑いたい気分だ。
すでに窓の外には夜の
──通称アイドル連続火傷事件。
人気アイドルグループ『X number』のメンバーが次々と放火魔のターゲットにされている事件だ。ここ二週間で一〇人中九人が被害者になっており、手遅れになる前に解決したいと恭子は思っていた。
今のところメンバーはいずれも軽傷で事件当時の証言も取れている。証言が取れていれば解決は時間の問題かに思えたのだが……その内容が奇怪であった。
「わからない。犯人の姿を見ていない」
口を揃えているかのようにメンバーの証言は同一であった。「犯人なんていなかった」と言う子もおり、自然発火説などという突飛な推理が捜査会議で上がったほどだ。
いずれにしても犯人の特徴に関する情報は皆無。おそらく次が最後の犯行だ。こうやって悩んでいる間にも被害者が……
「相羽さん」
そんな矢先、後輩刑事が声をかけてきた。恭子は思わず「なにかわかった!?」と食い気味に尋ね返す。
しかし彼はかぶりを振るだけだった。最後のメンバーに見張りをつけていたにもかかわらず、事件が起きてしまったらしい。それも最悪な形で。
「仕方ない……この事件は私たちの管轄外に違いないわね。彼らに応援要請を出しましょう」
「了解しました」
──この世には現代科学で解決できないことがある。不可思議なことはごまんとある。
相羽は不服そうに歯噛みをしつつも、理解していた。これは表舞台の刑事の仕事ではない。裏世界の刑事の出番なのだ。
*
「お久しぶりです、暮海さん」
「ああ、久しぶりだな。まさかお前が配属されるとは思わなかったよ、恋南」
暮海真一郎が現場に着くと、一人の女性が挨拶をしてきた。
今年成人したばかりの新米で、人形のような
しかしこの仕事では見た目などなんの判断基準にもならない。強いか弱いか……実力だけが物を言う世界だ。
「自分から志願しましたから。唯一覚えてる感情に従いたかったんです」
「……そうか。まあお互い死なない程度に頑張りましょうぜ、っと。死んだら元も子もねーからな」
真一郎はすぐさま規制線の奥へと消えていく。多くを語る必要はなかった。
「暮海くん」
壮年の女性刑事が気さくに声をかけてくる。彼女と真一郎は
短い黒髪に暗色のスーツ姿が様になっており、彼女が
「よう、相羽。今回は随分と要請が遅かったな」
「そりゃこれまでは全員ただの火傷だったからねぇ。上は本腰入れるまでもないと思って、魔犯課を呼ばなかったんでしょう。なにしろあなたたちは所属が面倒臭くて」
真一郎はなにも言い返せなかった。
魔法犯罪捜査課──通称魔犯課。その名の通り、科学では証明できない怪奇事件、魔術事件を専門に扱う部署である。所属メンバーは魔法を行使することができる
元々は魔術の一元管理を目的とした魔導教会という組織の所属であったが、ある事件を機に警察へと編入された。捜査一課や上層部から面倒だと思われていたのはそんな経緯があったからだ。
「そっちのお嬢さんは?」
「白峰恋南です。本日づけで魔犯課に配属になりました」
名乗りと同時に彼女の目の色が変わる。使命に燃える鋭い眼差し。気合の入った敬礼を見せる。
恋南は若いが、優秀な魔術師だ。彼女が魔犯課に配属されたのは才能を見こまれたからにほかならなかった。
「で、本腰を入れた理由がこの焼死体……いや灰か」
目を下ろした先にあったのは灰の山であった。火が消えてから散乱していないのか、綺麗な人型になっていた。
「ええ、骨すら残ってないみたい。そんな炎を出すのは
恭子がスマートフォンを開き、動画を見せる。どうやら事件の様子がSNSにアップされていたようだった。
公園の中で高さ一メートル半くらいの火の玉がゆらゆらと彷徨っている。やがて炎は地面に倒れ、止まる寸前の
遅い時間帯だったためか付近に人はいない。慌てふためく近隣住民の声が轟き、撮影者は恐ろしくなったのだろう。動画はその後すぐに途絶えた。
動画の投稿コメントには怪奇事件と書かれていた。突然公園の真ん中に現れた人間大の火の玉とおよそ人が発するものとは思えない呻き声。怪奇現象に好奇心を惹かれて動画を残してくれたのは不幸中の幸いか。
「放火……こいつも違うか」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
「はあ」
恋南が独り言ちる真一郎を訝しげに見る。しかし答えることはせず、はぐらかしてその場をやり過ごした。この事件に集中するためにも余計な情報は減らしておきたかったのだ。
「被害者の素性はわかっているわ。
「目撃証言は?」
「捜査員が見張っていたんだけど、犯人を見ていないみたい。動画にも人影は映ってなかった」
「人間業とは思えない業火を放つ正体不明の犯人……なるほど俺たち向きの仕事だ」
「ってなわけでよろしく頼むわね、暮海くん。捜査資料はあなたたちの方にも送っておくから」
「了解。とりあえず現場検証はうちの真田も同席させるわ」
「それで犯人の尻尾が掴めるなら全然いいわよ」
真一郎と一通りの情報共有を終えると、恭子は規制線の外へと出ていく。魔犯課の人間に気を利かせたのだろう。魔術に関する情報は秘匿しなくてはならないという暗黙のルールを彼女も知っていたのだ。
「
恋南が
「だろうな。正規の魔術師が無差別殺人をする理由が見当たらねーし……大方降霊の
人が魔法を行使するには己の肉体に宿る魔力を消費しなければならない。魔力を行使し、カードに刻まれた魔法の術式を発動させられる少数の人間を魔術師と呼んだ。
しかし魔力を持つ者全員が魔術師を名乗っているわけではない。魔力を宿していることに気づいていない一般人も大勢いるのだ。そんな素人魔術師に
魔犯課が警察に組みこまれたのも
「さて……ここからは俺たちの捜査だぞ、っと」
「スキャン結果からも魔法による犯行であることは間違いないようです」
恋南は腕時計型ウェアラブル端末を周囲に向け、解析をしていたようだ。
「
まず最初にやるのはリスト端末──
「お前、炎や熱線系の幻獣だとなにが思いつく?」
「ドラゴンとか……フェニックスですかね?」
「まあ最初の予想としてはそんなもんだわな。だが火の威力が異なるのが気になる。今まで軽度の火傷だったのがどうして一〇人目で丸焼けになったのか。
「幻霊獣事件を解決するにはまずは種別の判別からってことですね」
「ああ、その通りだ。流石は課長の妹。セオリーを教える手間が省けて助かるよ」
「けど容疑者も動機も絞れないですね」
「だから足で稼ぐんだなぁ、これが。俺たちは曲がりなりにも刑事だから」
そう、彼らはあくまで刑事。警察の人間として捜査するだけの権限を有している。
「明日から聴きこみだ。被害者のアイドルたちのところへいくぞ」
「はい!」
二人は現場を後にする。恋南と真一郎。二人の刑事の物語はここから始まった。
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