第5話

 我らが高等学校に通う諸君は、何も新海佳奈が憎いのではない。

 動機は単純明快で、つまるところ実力至上主義の局部である。

 高等生は准特等生に劣り、准特等生は特等生に劣る。それは能力によって区分され、将来の職によって区別される。准特等生以上でなければ、それ相応の大学校へは進学できず、その結果として、国家中枢に当たる『近衛このえりょう』に入寮する資格は与えられない。

 階級社会が潰えて早数十年、第三次哲学時代における個々人の能力解釈はその極致に達しつつあるのであった。


 もはや社会構成として、能力のない人間が上層に昇る機会はなく、それぞれに与えられた均一的な職と、無限のコンテンツとそれに伴う哲学課題に耽溺する、それが科学の完成によってもたらされた現代の平和。

 それでもなお、上昇するには、比較的身近な准特等生を排斥する他に道は無いのだ。



「一体、君の身に何があったんだ」

 もはや当然の摂理と化し、誰も陰湿な抗争と解釈する者はいなくなったからこそ、これほど大々的に殺人犯でもなしに一個人が追跡、いや糾弾されるのは稀だ。

「宇宙の構造が証明されたのに、その宇宙の、地球の時空を歪ませるのは人類への冒涜だとみなされた。それだけ」

 普段から落ち着ている彼女だが、今のような状況下でその態度とは、流石というべきか。

「僕の、せい…………?」

 きっと大声で彼女が校庭の向こうにいると叫ばず、こうして二人きりで話しているのを考えると、僕の中に多少なりとも引っかかるものがあるから。それも罪悪感を刺激するものが。

「僕が昨日、君の右眼を見せてもらったからなのか」

 眼帯の下にある瞳を見せてもらうこと自体はなんてことは無い、はずだったんだ。

「責任の所在を確認することに意義は無いと思うの。特に今は」

 彼女の回答は無味乾燥に聞こえるのに、やはりかばってくれているのでは、という疑念を払拭することはできない行間があった。


「わかった。ところでなんだけどさ」

「なに」

「身分でも容姿でもなく、実力だけが認められる社会なら、君のその『能力』は冒涜どころか、科学に残された最後の未知、なんじゃないかな」

「それは古多君個人の解釈。科学が万能という過大評価こそなくなったけど、それでも未知は人類の敵であり続ける」

「だから君も人類の敵ってこと?」

「そうみたい」

「他人事だな」

「だってもう『人類』じゃないんでしょ?」

 解釈しか余地のない僕とは違い、彼女には怜悧れいりな論考が身についているんだ。だからこうして強くいられる。

 僕はきっと、時空を歪ませる能力でも、彼女の瞳そのものでもなく、彼女の存在に惹かれたんだ。


「やっと決心がついた…………僕も君と闘う」

 彼女は喜んだり、泣いたり、握手を求めたりしない。

 ゆっくりと瞳で微笑むのだ。

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