ネギトロと豆腐の半殺し③

「…どうですか?」

 俺は手早く創作料理の『ネギトロと豆腐の半殺し』を作って山口さんと中村さんに出した。

「………」

「………」

 二人は揃って沈黙し、部屋の中には凛々が料理をする音だけが響き、妙な緊張感が俺を包んでいた。

 特に料理自慢ではなく食への拘りが高いわけでもない俺の創作料理が本当に酒のつまみに適しているかを判断してもらうために食べてもらっているのだが、なぜこうなっているのかは俺にもよくわからない。そもそも酒のつまみに適していると言ったのは俺の友達連中であり俺が自称しているわけではなく、評価してもらう理由もない。ただ、こうして山口さんと中村さんという酒好きの人達に出会った縁を考えれば悪くない緊張感だった。

 そして、二人は同時に酒を呑んでから口を開いた。

「ふむ。これは日本酒に合うね」と山口さん、「簡単に作れるのに安定感を感じる味でいいと思うわよ」と中村さんが言った。

「じゃあ…」

「つまみとしては十分だ」

「四つで一品にして居酒屋とかで出してもおかしくないんじゃないかしら」

「山口さん、中村さん、つまりー?」

「ウマイよ」

「美味しいわ」

 凛々の煽りに二人が応えてくれた。

 山口さんと中村さんは俺の創作料理『ネギトロと豆腐の半殺し』を美味しいと評価してくれた。

 なぜかわからないが物凄く嬉しかった。

 この時、俺は自由食堂に来てよかったと思った。それもシェアルームに入って良かったと思った。

 凛々も俺も人見知りではないけど赤の他人と同じ部屋で空間を共有しながら自分達で酒を出したりつまみを出したり、場合によっては酒やつまみをということに対して不安はあった。

 しかし、こうして創作料理を食べてもらって美味しいと言われることは単なるでは得られない実感けっかだった。

 それから程なくして凛々の作ったエビチリが俺の創作料理の評価を掻き消す程の太鼓判をされた事は言うまでもないが、それでも山口さんと中村さんは帰り際に俺の作った『ネギトロと豆腐の半殺し』を料理のレパートリーとして語っていいと言ってくれた。

 この日出会った二人の言葉は、どれ程に簡単な料理でも火も包丁も使わない手抜き料理でも料理は料理で美味しければそれでいいと改めて思わせてくれた。

 凛々の様に手の込んだ料理を当たり前に作れる人は凄い。でも世の中にはそれが出来ない人もいる筈だ。

 俺は自由食堂に人の多様性を感じた。


「くう…呑み過ぎた……」

「あはは、孝ってばお酒弱いくせにアレを誉められてガンガン呑んじゃったもんね」

「仕方ないだろ…なんか嬉しくて一緒に呑みたかったんだよ」

「まあね。私もエビチリ誉めてもらっていつもよりも呑んじゃったしね」

 俺は普段の三倍くらいの量の酒を呑んでしまい少し気持ち悪くなっていたが、気分は晴れやかだった。好い人達と楽しい時間を過ごせたからだろう。

 ちなみに凛々は大量に呑むことはあまりしないがいざ呑むとなればいくら呑んでも酔わないというだ。正直羨ましい。

「そうそう、凛々のエビチリも誉めてくれたからより嬉しくて呑んじゃったよ」

「ふふ。でも山口さんも中村さんも好い人でよかったね」

「そうだな…」

「ねえ孝、普通の店で二人きりで話して飲み食いするのもいいけど、たまにはまた自由食堂のシェアルームに来ようよ」

「俺もそれ言おうとした」

「ふふふ」

「ははは」




 私の店、自由食堂。

 ここは家族ファミリー独身シンガー恋人カップルも自らにって訪れ、互いの自由を尊重する食堂。

 またのご来店を…

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