第192話 闇精霊3

 ニールセン老騎士率いる義勇軍とゼダさん達は、領軍の騎士達の攻撃に連動して突撃を敢行した。


「ラルフ! 目立たねえようにさっさと始めやがれ!」


 領軍の行う波状攻撃に混じってラルフさんを囲むように進むゼダさん達だったが、ゴブリンキングの側まで来るとドルフさんが叫んだ。


『我、原初の暗き闇夜を請い願う者の末裔なれば、共に原初の闇に帰る事を望まん【狂乱】』


 その変化は驚くべきものだった。普段は大人しい中年の商人のようなラルフさんの身体から黒い狼の毛が生えてきた。


「おめえハーフウルフだったのかよ!」


 大声を上げたザザさんが興奮してラルフさんの背中をバシバシと叩いている。


『人間、お前はラルフと同じ群れの一員、故に許してやろう。だが本来の我の姿に戻った暁には同じ事は許さんぞ』


 その声は既にラルフさんの物ではなかった。


「私の群れの無礼を許してくれて感謝する。闇夜の精霊の眷族と考えて宜しいか? ラルフはどうなったのでしょうか?」


 ゼダさんがザザさんの行いを素早く謝罪し、その勢いで矢継ぎ早に質問を行った。


『良い、闇夜の精霊か……その呼び名は懐かしい。ラルフは眠っているだけだ。それよりも人間、お前は何という名前だ?』


 闇夜の精霊と呼ばれる事を懐かしんだ精霊は、そう呼んだゼダさんに興味を示したようだ。


「ゼダです。闇夜の精霊殿」


 ラルフさんが無事なのを確認したゼダさんは、素早く自分の名を告げた。


『ゼダか覚えておこう』


 そう言うと素早くゴブリンキングに接近し、その防御膜に手をまるで水にでも浸すように埋め込んだ。


「うお闇夜の精霊殿よ、スゲエぜ! 俺達があんなに苦労しても波紋くらいしかたたねえ黒い膜に、あんなに簡単に手がめり込んだじゃねえか!」


 ザザさんが、さっきあんな事があったにも関わらず大声を上げて闇夜の精霊に知り合いのように話しかけた。


「へっ! これは楽勝なんじゃねえか? 闇夜の精霊殿よ、このまま奴を捻っちまってくれ!」


 ドルフさんまで、まるで探索者仲間にでも話しかけるように闇夜の精霊をけしかけた。


『お前達、無礼だが愉快な奴等よ……名は何という?』


 ゼダさんと同じように闇夜の精霊は二人の名を尋ねてきた。


「このハゲはザザだ!」


「髭もじゃがドルフだ!」


 二人がお互いの名を勝手に紹介しあった。


『覚えておこう、愉快な者達よ』


 そう言うと、手のひらをかざし『人間も面白い技術を編み出したな』と告げると、魔素吸収を始めたのだった。

 

(あれって魔法陣の刻印を利用してる⁉ 生きている魔物からの魔素吸収など可能なの?)


「そうか死を喰らうもの……ゴブリンキングの防御膜は死んだ魔物の魔素を濃縮した闇魔法なんだ……」


 僕が声に出して、そう叫んだ瞬間――


「ユーリ、敵の分析は後よ! 土壁による防御!」


 僕の前に立ちはだかったサラが【ウィンドウォール】を展開した。


 そしてラルフさんの姿をした闇夜の精霊とゴブリンキングの間に土壁が生まれた。それは僕の魔法ではなく上空にいたニースの放った物だった。


「ガッ、ガッ」


 鈍い音が周囲に響いた。それは今まで微動だにしなかったゴブリンキングの始めての反撃の音だった。


「奴が動き出したぞい! 防御体制じゃ! 奴の攻撃は土壁を削っておる。直撃すれば只ではすまんぞ!」


 ニースの土壁は僕の成長と共に強化されている。その壁を拳のみで打ち砕こうとしている存在に向けて僕は更にもう一枚、土壁を追加した。


 周囲では義勇軍の人達が盾を構え発動した【ウィンドウォール】での防御陣形を築き始めた。


『古き同胞よ私達が一時の時間を稼ぎましょう』


 上空から現れたのは、上位精霊のセルフィーナに率いられたエルフ達の加護精霊だった。


 精霊達は一斉にラルフさんの身体の周囲に【ウィンドウォール】を何重も重ね掛けを行う。


 ラルフさんに憑依している闇夜の精霊は魔素吸収をしながらもゴブリンキングの拳を巧みにさけ自らも何らかの防御魔法を展開している。吸収効率は下がりそうだが、危険になれば少し下がっても魔素吸収は行えるようだ。


 そこに更にニースの土壁が邪魔をしていて、上手くラルフさんに攻撃が当たらないのだ。


 土壁越しに魔素吸収を行いだした闇夜の精霊に危機感を抱いたのだろう、ゴブリンキングは初めて、後退をしようとして後ろに下がった。


 だが周囲は既にニースと僕の土壁によって取り囲まれていて、土壁を崩さなければ、いずれ魔素を全て吸収されるだろう事が分かっているようだ。中では暴れまわっているような轟音が響いた。


 だが――


『魔素の放出が止まった?』


 闇夜の精霊がそう呟いた。


「吸収され過ぎて干からびちまったんじゃねえのか? 闇夜の精霊殿よ!」


 ドルフさんがそう尋ねると『違うなドルフ、どうやら奴が攻撃されても動こうともしなかったのは、肉体の形成中だったからのようだ。反撃の動きが単調だったのも肉体に動かせない部分があり自由が効かなかったせいのようだな……それがようやく完了したようだ』


 内容にも驚いたが、こんな状況で不謹慎だったが、ドルフさんの名前を友人のように呼び会話している二人に僕は驚いていた。


「闇夜の精霊殿よう! 良く分からねえが俺達の負けなのかよ! もうどうにもならねえってのか?」


 ザザさんが大声を上げた。完了したという言葉に負けたような気持ちになっているようだ。


「闇夜の精霊殿、我々にも分かるように説明して頂きたい」


 騒ぐ二人の代わりにゼダさんが進み出てそう尋ねた。


『そうだな……奴が手に負えないレベルに成長する事だけは、阻止する事が出来たという事だな』


 その答えは喜んで良いのか悪いのか判断に苦しむ答えだった。

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