第34話 猪鹿亭の裏庭で
二人の生い立ちを聞きながら、西に向かって真っ直ぐ歩くうちに猪鹿亭が見えてきた。
僕が初めて見た時のように二人ともここの景色に驚いていて、「森があるねえ! 」とキャロが家の周囲の森に目を奪われており、ルナは、家の周囲の庭をみて、「お庭がとても綺麗です。お花一杯ですね」と嬉しそうだ。
(同じ景色を見ても、気にかける所が違うんだな)
そんな事を考えながら、猪鹿亭の近くまで来ると、庭の手入れをしていたらしいラナさんがこちらに気がついて声をかけてきた。
「あら、もうお帰り? 随分お早いのね……まあ可愛いお連れさんね、ユーリちゃんのお友達かしら?」
(すっかりユーリちゃん呼びが……)
「実は今日、東の旧市街の鍛冶屋さんに行った後に、商店街で露天売りを……」
僕が二人の事を紹介しようと説明を始めると、ラナさんが突然、
「まあまあ! わたくしとした事が! こんな所で立ち話しなんて、ごめんなさい。さあさ、中にお入りになって」
そう言うとトタトタと家の中に入っていった。
僕はまたもや、展開についていけなかったが、さすがに慣れてきたので二人を連れて猪鹿亭に入っていった。
◻ ◼ ◻
「……という訳で、お昼に時々ここの食堂の隅っこで作業させて貰えませんか?」
僕は二人の紹介から、旧市街での出来事を説明し、ルナが石臼を使う場所に、食堂の空いてるお昼の時間の使用許可をお願いしたのだが……
ラナさんが少し考えてる様なので、もし駄目なら僕の部屋をたまに貸してあげてもいいかと思いだしていると、
「そうね……もちろん構いませんとも……でも今日はお天気が良いから、お庭でお茶にしてからにしましょう。さあ、ルナちゃん、キャロちゃん、うちのお庭を見てちょうだい」
そう言うとラナさんは、二人の手を引き裏庭への扉から外に出ていってしまった。
どうやら、ラナさんが考えていたのは、お昼のお茶についてだったようだ。
(……どうやらルナがここで作業するのは問題なさそうだ。でも、僕はラナさんの事はまだまだ分かってないみたいだな……)
許可が得られて、ホッとし、僕はそんな事を考えながら皆を追って裏庭に向かうのだった。
◻ ◼ ◻
猪鹿亭に来てから二階から外を眺めただけで、一度も庭に出ていなかった事に今さら気がついて、自分でも少し呆れていた。
庭ではラナさんが庭に植えられている草花の説明をして歩いていて、三人共、とても楽しそうだ。
僕は三人の少し離れた場所から、その草花を見ていると、どうやら薬用や飲用、香辛料に使われる様々な物が栽培されているようだ。
ルナは錬金術師なので、そういった物に興味があるようで頻りと質問している。
やがてカロさんが、お茶とお菓子を持ってきたので裏庭に置かれている木で出来たテーブルと椅子で、お茶にする事になった。
テーブルは木を半分に割り横に並べた物で、椅子も同じ作りでこの森の木から作ったものらしい。
天気の良い日ならルナの作業をここでするのが良いかもしれない。
僕がそんな事を考えている間に、お茶の準備は調いカロさんも加わり、一緒にお茶を頂く事になった。
お茶は庭で作られている花が原料らしく味や香りがとてもよかった。
お菓子はキャロが夢中になって「おいしいね!」を連呼していて耳がピクピクしている。
小麦粉と蜂蜜を原料にした素朴な焼き菓子で、蜂蜜はダンジョン二層の花畑に生息する[レッサービー]という巨大蜂から直接採取できるらしい……森で蜂の巣から蜂蜜を採取した経験のある僕からすると、魔物のその生活感の無さに不条理さを感じずにはいられなかった。
(……魔物って一体何なんだろう……)
山にいる蜂達は、幼虫を育てる目的で巣を作り、花畑から蜜を採取するのだが、ダンジョンで生まれる魔物に蜜は必要とは思えない、其れでも倒すと蜜が採取できる。
(まるで蜂の形だから蜜が取れるとでも謂うような……)
普通にそういう生き物だと割り切っても良いのだけど……ダンジョンという存在も含めて、不思議で奇妙な気持ちに囚われる僕だった。
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